髪結いの亭主

「あなたのまわりは働いているひとが多いね」知人に言われる


確かにその通りで60歳を越しても、70歳を出ても現役の女性は珍しくない。わたしなどラク好みだから、どちらかというとそんなに働きたくないほうである。職を辞してもうすぐ1年になろうとしている今、ようやく「何かしたい!」気持ちになり動き出しているところである。


電車通勤でエネルギーを使い果たしたり、組織に属したりは望んでいないし、このややこしい年齢での求職は、なかなか難しい。ならば自分の持てるわずかなスキルを頼りに、やってみようと思い立ったのが今年にはいってからだからずいぶん、のんびりしている。まだまだ一人の口を養うに充分ではないが、飢え死にしない程度に暮らせれば、と楽観的である。


先週末、久しぶりに会った知人女性は65歳まで管理栄養士として企業に属し、それからあっという間に会社を設立してしまった。数年前に年賀状で「税金対策で会社を作りました〜」とあっけらかんと伝えてきた。


その彼女が会いたいと言ってきたのはつい最近のことである。昨年までのわたしなら理由をつけて断っていたかもしれない。しかし今年に入り少しずつ活気を取り戻していたことと、その「会社設立」に好奇心もあり快諾した。


待ち合わせの場所に彼女は、髪をきりっと短く揃え、細めのパープルのパンツと、同色のジャケットに身を包みさっそうと現れた。とても70歳近いとは思えない!高いヒール姿で、いかにもバリバリと働く装いである。


対するわたしは、ぺたんこの靴を履いていて
緊張感が欠けていた。気が引け、まぶしさを感じた。


彼女の話しによると、管理栄養士として働いていた会社を辞めても家でじっとする気持ちもなく、在職中に水面下でやっていたいまの仕事を発展させ、今や
年収が2,000万円を超えているという。定年して家にいる夫に経理を手伝ってもらい報酬を渡し、家計費は一切自分の収入で賄っており「夫の年金はすべて夫のおこづかいよー」さりげなく言う。「家のリフォームもすべてわたしがやったのよ、貯金もずいぶんできたわ」晴れやかに、のたまう。


何というたくましさ・・・
いまどき、そんなに景気のいい話があるのだろうか。
定年後の生活設計にアタフタとしている今の世において、夫を優雅に遊ばせる妻がいるのだと、わたしが感心しているところに
「あなたのような人材が欲しいのよ」と切り出したのには驚いた。


結局、今日彼女が会いたいと言ってきた目的のひとつは「一緒に仕事をしないか」という誘いのようなものであった。無論わたしはその彼女が手がけている仕事にも関心がないし、今さら贅沢な暮らしがしたいとか、養う夫や子どもがいるわけではないから、やんわり断ったのは言うまでもない。


世の中、髪結いの亭主を地でいくような、たくましい熟年妻がいるものだとつくづく感心した。