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恋わずらい。

知(痴)人の愛

といってもわたしのことではなくて、
知人の60代半ばの女性のことである。
先日来、虚しくて、寂しい、落ち込む、など
最近の彼女にしては消極的な言葉が並んでいた。


同じマンションの6階に住む知人Kさんのことを以前書いた。
最初の夫とは離別、その後縁あって知人の紹介で再婚をした。
最初はギクシャクして再婚したことを悔いるほどだったが
だんだんと相手の気性がわかるようになると愛着を持つようになった。
再婚して退職した夫と海外へも度々出かけ、まさに蜜月の数年を
過ごしているとき、夫が4ヶ月の闘病ののち、あっという間に
この世を去った。


もちろん彼女は献身的に尽くし最期を看取った。
せっかく心が通じあい、晩年をふたりで仲良く暮らしていこうと
思った矢先のことである。
Kさんの落胆や憔悴さは、まわりの涙を誘った。
わずかな期間の結婚生活でもこんなにこころが萎えるものかと
他人事ではない思いでわたしもそのことを見守っていた。


7回忌が終わり、そして夫の死から10年の歳月が流れるころ
ようやく吹っ切れた感があり彼女は元気を取り戻し
カルチャーやボランテイァに精を出すようになった。
いかにも毎日が充実していそうである。


そんな彼女が「何だか虚しい」という。
何があったのか知るよしもなく
「たまに虚しさを感じても、落ち込むことがあっても
人間だから当たり前よ」
いつもいつも元気でいる必要はないわ、などと励ましていた。


ところがこのことに関してはどうも見当違いだったようだ。
「その後どう?虚しさは解消された?」と訊くと
いやぁそれが・・・・。
よく聞いてみると「恋」をしているらしい。


相手はダンス教室に通う男性で話が合い
たまたま好きになった人に妻がいた、というだけのことよ。
さらりと白状する。


時々一緒にお茶を飲んだり映画を観たり
食事をしたりの仲なのだそうである。


う〜む。縁はどこにあるかわからない!
いつも言っていることである。
しかし・・・
相手が妻子もちではちょっとどうだろうか。
子どもじみた倫理観が頭をかすめる。


こちらが独身なのだからどうせ選ぶならバツイチでもバツニでも
シングル男性を選んだらよさものをと思うが
なかなか人を好きになるという行為は理屈ではなさそうである。


「特に週末、ひとりでご飯を食べるときに寂しさを感じ虚しくなるのよ」
彼女の憂いは続くが聞いているわたしとしては手助けのしようがない。


独り身同志のそれは大賛成だが妻ある人との逢瀬は罪つくり、
などと思うわたしは古いのだろうか。



万博公園に咲いていたタイザンボク