それぞれの午後


親しくしている知人、由美子と久しぶりに会った。
久しぶりと言っても前回会ったときから3ヶ月ほどしか経っていないのに
長いこと会っていないように思えた。


彼女は今春、退職した。
毎日1時間ほどかけて都心のオフィスに通っていたけれど
63歳になるまで通算25年働いたという。
わたしも含め、この年代の女性は結婚等で一旦仕事を離れ
家事や育児に専念し、また再就職をするというパターンが多い。


その間には一般的に親の介護や予期せぬ出来事などが生じたりして
仕事を中断せざるを得ないことも当然出てくる。
そんな訳で由美子も再就職組みである。


一緒に仕事をしたことはないけれど、彼女の人間性や、生き方などから
仕事はできるほうではないかと思っている。
テキパキと仕事の優先順位を決め、そつなくこなす。
コミュニケーション能力も優れていて、会社からは必要と
されている人材ではなかっただろうか。


わたしと彼女は年齢の差こそあれ、仕事に関する姿勢は
似たようなものを持っていたと思ったりしている。
人一倍責任感が強く、やりきろうとするところや
抱えなくていいことまで引き受け、自らを追い込んでしまうところがある。
だれでも仕事に対しては真摯に一生懸命向き合うけれど
少しその度が過ぎていることも二人には共通していた。


休日になると、女性ならではのはけ口としてああだ、こうだと
組織の中での理不尽さや、やりがいなど、
口角泡飛ばして話し込んだものである。
二人の会話のなかで「大根が1本いくら?」などの
台所に関する話題は少なかったように思う。


女性でありながら多少の野心や功名心もあったことは否めないが
自分自身の向学心や向上心がそれを上回ってもいた。
自分の中での成長や感性を磨くということに関心が深い。
いまでもそれは変わらない。
同じように読書が好きで電車通勤の合間に
どんな本を読んだかと読後の感想を話しあうのも楽しみのひとつだった。


その彼女もようやく仕事から解放されて、いま自由を手に入れ
心の余裕をたっぷり愉しんでいる。


わたしは昨年職を辞したけれど気づかないうちにストレスを
たっぷり抱え1年近く他との接触をしたくない自分がいた。
この春頃からようやくかつてのように、人間関係を復活させ
心身ともに健常な日々を送っている。


由美子も同じように退職したころ毎日、眠ってばかりいたという。
からだがそのことを要求していたのだろう。
あのまま、無理をして仕事を続けていたら身体を壊していたかも知れない。
ちょうど良かったとしみじみという。


いま体調の不安定な娘さんの出産をまじかに控え、娘宅へ
家事を手伝いがてら通っている。
このような時間の使い方に
「ぜいたくはできないが、こんなにしあわせでいいのだろうか」
と思うそうである。


時間の余裕はこころの余裕でもあり、
それぞれの「人生の秋」とも言える今を精一杯
愉しむことに二人の会話は、微妙に変化している。



キスゲ スカーレットラブ