読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

パール・バックの「大地」

この作品を読んだのは、いつごろだったか。
とにかく迫力ある描写で、ご飯を食べるのもわすれるほど
熱中したことは、覚えている。


パール・バックの「大地」についてN紙の
あるコラムのなかで瀬戸内寂聴が触れていた。


瀬戸内寂聴は小学4年生ぐらいに読んだらしく、その後改めて
読み直したのは、北京に棲みつき古代中国音楽史を
研究している男と見合いで婚約したあとだった。
嫁ぐ中国のことをもっと知りたいとの欲求から読み直したらしいが
「大地」は息もつがせぬ面白さで、強烈な読み応えがあった。
すごい作家だと思った、という。


「大地」はたいていのひとが読んでいると思うが
翻訳小説でもヨーロッパやアメリカのそれとは違い
ゴツゴツと土臭い。


『舞台が中国で、書かれているのは貧しい中国の農民の必死に生きる姿だった
から、それまでの外国文学から受けるハイカラな感じはまったくなかった。
空を覆うイナゴの大群の衝撃の描写や、いつ起こるかわからない
戦乱の度、土地を追われる人々は、貨幣に頼らず、宝石や金の装身具を
身につけて逃げるという描写に、ひどく納得した』と寂聴は、言っている。


そのパール・バックを女流文学者会で招くことになった。
寂聴40歳、パールは70歳になっており、アメリカ人女性として
初めてノーベル賞を受賞してから20数年が過ぎていたころだという。


パールは、アメリカのウエストバージニア州で宣教師のもとに生まれ
生後3ヶ月で中国に渡り、育っている。
1917年、25歳のとき、アメリカに帰り、ランドルフ・マコン
女子大で学び、卒業後も心理学の講師をしていたが
母親の病気で中国へ引き返す。


農業経済学者と結婚し、一児をもうけるが、その子に知的障害があり
パール・バックが小説を書く一因になったとも伝わっている、という。


貧しい者、しいたげられる者、障害を持つ者等、弱者に対する
慈悲のまなざしが、彼女の文学に香気を与えているのだろう、と結んでいる。


観音さまのようにやさしい、「大地」の作者と
寂聴が言うこの小説をもう一度読みたくなった。
また受ける感慨は違うかも知れない。



萩(万博公園にて)