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波瀾の人生となった大帝国の最後の皇女

世の本キチと比すなら、私など読書家とは言えない。 それでもそれなりの濫読を愉しんでいる。 昨年は、かつての流行作家で男性に好まれた山口瞳北杜夫の多くの著作を読んだ。 彼らは既に過去の作家になっているようだが、私にとっては男性の視観を識る助けに なっている。 宮尾登美子も好きな作家である。 『序の舞い』では先駆な女流画家上村松園を、しっとりとした描写に 浮き上がせているその生涯に関心が深くなり、 秋には京都国立近代美術館で催された作品展に足を運び堪能した。 宮尾登美子の著作は、一途に生きる女性(上村松園天璋院篤姫など)が多く、 主人公の生き方に共感し勇気付けらる。 男性は子どものころから英雄豪傑などの読書に 親しむことが多いのではないだろうか。 確かに世の中にはそうした書籍は多いけれど 英雄豪傑の女性版は少ないように思う。 数年まえに手にした角田房子の『閔妃暗殺―朝鮮王朝末期の国母』は 読み応えのある作品であり、深く心に残る。 歴史の転換期に生きた朝鮮王朝の女性としては天璋院篤姫と同様である。 師走の声を聞いてから読んだのが塚本哲也の 『エリザベートハプスブルク家最後の皇女)』 (文芸春秋社1993年第14版)である。 この作品は、欧州の名門帝国ハプスブルク家の最後の 皇女エリザベートの波瀾な人生を描いている。 1883年の誕生から帝国崩壊(1918年)を介し、 第二次世界大戦敗戦を経て没するまで(1963年)の一大叙事詩とも言える。 オーストリア后妃の肖像画で知られるエリザベート皇后は エリザベート皇女の祖母に当たる 1898年、ジュネーブレマン湖畔にて暗殺される エリザベート皇女が5歳のとき、父ルドルフ皇太子が男爵令嬢と心中し ハプスブルク帝国の黄昏を予感する老皇帝を祖父に 宿命の子として生まれたエリザベート。 そのときから彼女の運命が大きく変わる。 皇帝とその后エリザベートの慈愛を受けて育つなか、 母親とは父の死のいきさつもあり、うまくいかない。 若いころのエリザベート皇女(同じ名前なのでややこしい) 身分違いの軍人と出会い熱愛の末に結婚するが、王位継承権は剥奪される。 祖母エリザベート皇后、父親ルドルフ皇太子から、そして祖父皇帝から 莫大な遺産を相続するが、夫は浪費する一方である。 夫とは意思の疎通がなく離婚を決意するが親権を夫側にすることを裁判所が決める。 執行されるとき、子どもを手渡せずにすんだのが オーストリア社会民主党の一員だった次の夫となる ペツネックとの出会いである。 皇族でありながら社会民主党の一員としてエリザベートは心を砕く。 ヒトラーに侵略され、やがてソ連に支配され不遇の生活が20年近く続く。 夫ぺツネック亡きあと持病のリユウマチと闘いながら、 最後の居城で愛犬5匹に見守られ、79歳の人生の幕を閉じる。 エリザベートは莫大な金銀宝石、絵画など一切の財産を国に帰すべく 目録を作り美術館や博物館に寄贈することを 遺書にしたためており執行されている。 エリザベートが世を去って26年後の1989年秋、怒涛のような 東欧市民革命で第2次大戦後40数年間も欧州を 引き裂いてきた「鉄のカーテン」が崩壊し、 ハンガリーポーランドチェコスロバキアなどの東欧諸国は 共産主義の鎖を断ち切って、再び自由を獲得するに至った。 晩年のエリザベートはもちろん、多くの中欧の人たちの 永年の悲願が思いがけなく、実現したのである。 今年1月―3月京都国立博物館で催された『ハプスブルグ(美の帝国その全貌)』は ウイーン美術史美術館とブタペスト国立西洋美術館の所蔵の至宝の展覧会であり 前掲のエリザベート皇紀の巨大その肖像画(300 x 216cm)を身近に観た。 またその際に求めた画集(268頁)はこの本の完読から 新たな興味をそそるものになってきた。 年の瀬の優雅なウインナー・ワルツは、かつてのこの帝都から ジルベスター・コンサート(大晦日聖ジュルベスターの日の コンサートで日本では時差の都合上ニュー・イヤコンサート)として 世界中に放映されている。