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平成の後藤新平を・・・

感動・社会事象

「政治屋に品行方正を求めることは、
太陽が西から昇ることを期すことだ」と、わが宿ハチさんは言う。
さらに「悪いことが出来ない奴は良いことは出来ない」、
「世界と日本の歴史はアウトサイダーによって創られた」と
老いた青年の過激な指摘である。


落ち着いてそれらの発言を考えると、現在の日本は
「お行儀が良い生徒に似ているのでは?」と
女のわたしも感じることがある。


わたしは戦後数年を経て生まれたけれど
当時の混乱や疲弊、それに食糧難はぴんと来ない。


その後オリンピクが済んだ40年代になると
日本の経済は破竹の勢いで成長を続け、
わたしの子育て時代は、高度成長を謳歌していた。
そしてわたしが還暦(満年齢)を迎える今の日本は、
建築の杵の音すら少なく、老齢者国家になっている。


これは単に経済学者がいう成長の宿命などではない、
とわたしも感じ始めている。
戦後の日本には、政策と戦略があって成長してきたと聞いている。
しかし今の日本は「女どき」を
楽しんでいるのではないだろうか、と思ったりする。


そうした折、3日付けのN紙のインタビユー「領海侵犯」に
宿ハチさんの発言を裏打ちする記事が掲載されていた。
全文を紹介してみよう。


発言者は内田和成氏。
(昭和26年生。早稲田大学教授。慶大院修了。
ボストンコンサルティング代表などを経て現職)


ーーー政治家の評価のあり方を巡って物申されたいとか。
「日本は人口減少や財政赤字といった長期的な危機に東日本大震災などが
重なり、二重の危機です。大改革を迫られ、時間的余裕もあまりない。
改革とは言い換えれば、今まであるルールを破り、新しいルールを
生み出すことでしょう。そんな時代の指導者に品行方正を求めてはダメです」


「平時は先達が作ったルールを粛々と守るリーダーで構いませんが、
危機にはルールの破り方を知る人材でないと改革はできません。
例えば小学校の頃から先生に常に褒められ、1度も校則を破った
ことのない優等生タイプが大胆な変革を担えるでしょうか」


――― ワルの勧め、ですか。
「学生の頃、田中角栄元首相はおカネまみれに見えたから
許せなかった。だだ日本をどの方向へ持って行くかという
列島改造論のビジョンなどに目も向けるなら
強いリーダーシップを持った政治家だったかもしれません」


「無論、私利私欲で自分のためにルールを逸脱する政治家なら
評価できませんが、世のため国のためだという意識を
持って確信犯でルールを逸脱するなら『あり』だと思う。
法律だって時代に合わせて変わります。その時点の
価値観で杓子定規に批判するだけでは芽を摘んでします」


――― 最近の政治家には優等生が多すぎる、と?
「企業でも、過去の古い常識を捨てられる改革のリーダーは
辺境からうまれる、とよく言います。海外勤務が長かった人や
左遷されていた人、時には外国人であったりします。政治家は
外国から呼んでくるわけには行きませんが」


「昔の悪ガキは、ルール違反のノウハウや、これ以上
やってはいけないという限度もよく知っていました。
優等生が急に大改革をやろうとすると、
ルール破りの限度をわきまえていないから、
逆にとんでもないことになる。
教科書で革命を学んだだけで革命をやろうとしたら、悲惨です」


――― 危機に通用するリーダーをどう育てていきますか。
「将来の」リーダー予備軍にはビジネススクールでも今からいろいろ
トライし、痛い目にも遭っておけと教えます。若いうちの失敗は
個人も組織も取り返せるが、社長が失敗すると会社は終わる。
政治家志望者も企業や組織で揉まれ、経験や失敗を
重ねてから国会を目指す道があるのでは」


「政党でも若手議員を政策や実務でどんどん試して、
成果を見て組織の階段を上がっていく仕組みを整えてほしい。
国民はメディアも政治家の過失や失敗や細かいルール違反には
もう少し許容度を持ち、今から何をなし遂げようとするかで
評価した方がいい」



聞き手から(編集委員 清水真人)
例えば、前例のない事態に即応して答えを出す。
規定の路線をコペルニクス的に転回する。
政治の決断とはしばしば官僚的な論理の積み上げを超え、
非合理的な跳躍を迫られる芸当だ。
手段としての「ルール破り」を有権者が
容認するか否かは、政治家が目指す目的を明示し、
それを説得しきれるかどうかで決まる。

と、なかなか歯切れが良くて、おもしろい。
東日本の震災の復興は、彼の「ナポレオン3世のパリ大改造」に
まさる日本の大改造と捉えて、復興と再生に取り組む
平成の後藤新平の出現を期待したい。



シュウメイギク