向田邦子の世界

震災以降、「絆」という言葉が特に大事にされるようになった。
夫婦、兄弟、地域社会において人間のぬくもりを今ほど切望することも
珍しいかもしれない。
それほど他との絆や縁を大切にしたい気持ちが強いとも言える。


向田邦子は、エッセイや小説のなかで夫婦や親子をテーマに
家族の何気ない日常をさらりと描いている。
ひなたの匂いがぷんぷんして、読んでいるだけで気持ちが
ほっこりしてくる感がある。


「家族の絆が向田文学ですね」と、生前の彼女へのインタビューに
「絆ではなくあたりまえの日常をそのまま描いています」
向田邦子が答えたという記事を何かで読んだ。


確かに小説などでは、ほんわかとした人の善い人間関係を描きながら
最後にはグサリとした思いもかけないオチが待っていたりする。
人間の業を隠さず出す。
おそろしいほど描写が生臭い。


今年も、お正月に向田邦子原作の新春ドラマを観た。
昭和の戦前の親子、夫婦を扱った物語である。
仲のいい3姉妹が母親と一緒につつましく暮らす風景である。
縁側があり、すきま風が入ってきそうな木枠のガラス戸があり
古びているが、使い勝手のよさそうな台所も時代を感じさせる。


ふかふかと湯気があふれ出るような日常の風景は素朴でいい。
けれど、ドラマは「ほんわか」だけで終わらない。


長女の夫は将来を嘱望された優秀な将校。
女ばかりの家庭に婿に入り、別居していたにも関わらず、
突然、家出をして行方をくらます。
長女は実家に戻り戦時の大変なとき、母親とともに姉妹と暮らすが
夫がどうして突然家を出たのかさっぱり、わからない。
そんなとき、ひょっこり行方不明の夫が姿を現す。
出た・・・
向田邦子のオチが・・・。


長いあいだ行方不明の夫であっても、他の女と暮らした夫でも
長女はよりを戻したいと願う。
ところが、事情はもっと複雑だったのだ。


長女の妹と情を交わしていた婿を、母親が敏感に感じ取り
「家の秩序を保つため」に追い出したことがわかった。
穏やかに暮らす一家に修羅が訪れる。
思いもかけない展開である。


向田邦子の代表作「思い出トランプ」に「かわうそ」という短編がある。
これも最後のオチがあっと驚くほど恐ろしく、おもしろい。
人間の善と業をさらりと描き出す。
短い小説のなかに人間をいやと言うほど思い知ることができる。
人は胡散臭く、業の塊なのかもしれないと思ったりする。
「絆」は思うほど簡単ではなさそうだ。


向田邦子の小説をまた読みたくなった。