娘のところのウサギのオス[ベガ]は、生後6年以上になり
人間でいうと還暦も越し、老境の域に達しているらしい。
失礼ながられっきとした「おじいさんウサギ」だ。
黒い毛並みをつやつやとさせ、こんもりと背を丸め、口を
もぐもぐさせながら、寡黙に、静かに娘一家と暮らしている。
静かな分だけペットのなかでは案外飼いやすい動物といえる。
でも時々、ゲージから脱走して、部屋中を大喜びで飛び回る元気モノだ。
そのベガも数年前になにが原因だったか、痩せこけて
生死のあいだを、さ迷ったことがある。
医者も少しサジを投げていた。
なにしろウサギを看る獣医が少ないのである。
娘は、必死になりネットで情報を集めるとエサ選びに腐心し、
方々から効くと思える野菜などをかき集め食べさせ、
哺乳瓶で医者からもらった薬を飲ませ、昼夜問わず看病に明け暮れた。
本当にだめかもしれないと半ばあきらめもあった。
しかし娘の熱意が通じたのか「ベガ」は、だんだんと活力を取り戻し
いつの間にか元のふっくらとした体型になった。
ピーターラビットの世界の毛並と可愛さを維持できるようにもなった。
娘のところで唯一のベジタリアンの彼は、干草には目もくれず
いま高い新鮮野菜を、おいしそうに食べている。
その「ベガ」が俄然、青春を取り戻したかのように最近、発情し始めたのである。
娘がゲージの中に入り掃除などしていると、娘の足に絡みつき
頭をスリスリして、あげくはお尻をフリフリしてくるのだそうだ。
明らかに求愛の様相を呈している。
男である婿どのや、潤平などには知らんぷりである。
夫の母上にも見向きもしないようだ。
もちろん3歳のかえでには女を感じないらしく無視である。
ふ〜む。
しっかりと「オトコ」を自覚したうえで女にだけ擦り寄っているようである。
しからば、わたしの場合はどうかと
おずおずとゲージの中に足を踏み入れてみた・・・。
「こ奴めは、オンナか?・・・」
パンツのすそに鼻を近づけ、じっと見上げている。
まるで品定めをしている感じだ。
ひとしきり鼻をすりつけると、ぷいと横を向かれた。
関心が、ないらしい。
なんという鋭い嗅覚か・・・おそるべし。