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つながり依存(ネット依存)から抜けられない?

フェイスブックやツイッターなどの利用者が急増し、5000万人を突破し
それに比例して、ネット上のコミュニケーションにのめり込んで
仕事や生活に支障をきたす、“つながり依存”に陥る人が増えている、という。



フェイスブックに夢中になった主婦が、夫を仕事に送り出したあと
子どもの世話はおろか、食事も与えず自分も食べたかどうかさえ
わからないほど家事ができなくなっていることや、学生や
勤め人がネットに熱中し昼間の生活がおざなりになっている
実態を過日のNHK「クローズアップ現代」が報じていた。


韓国では「カカオトーク」と呼ばれるネットの中での
チャットが普及し、家族の中でも実際、顔を合わせて
話をすることが少なったといい、若いネット依存者とその家族も
含め、携帯などの端末をとりあげ、治療に専念する施設が
出来ていることを紹介していた。


ここまで「ネット依存」などのつながり志向が多くなっているのかと
驚くと同時に、完全な「精神的」病気であることがわかる。
毎日日なが、100人や200人とつながりネットでやり取りすることに
虚しさを感じないのかと思ってしまう。


砂の城のように積み上げても積んでも崩れそうな
底の浅い人間関係の羅列のように感じてしまうのは、わたしだけか。
実際、やり取りしている人には真剣で現実との
堺はないのかもしれないが。


わたし自身はフェイスブックやツイッターには、関心がない。
元々面倒くさがりのうえに、そんなにたくさんの人と出会ったり
つながりを持ってどうするのだろうか、と言う思いの方が強い。


3行広告のような短い文章でのやり取りが好きではないこともある。
よって、携帯メールもほとんど使用していない。
浅く広い人間関係より、一人ひとりと、しっかり向き合い
じっくり交流を深めるのが好きだ。


人はどうして「つながり依存」になるのか。

番組のなかで篠原教授は以下のように言っていた。

「依存のメカニズムには快感をもたらす脳内の物質、ドーパミンが関係している。
ソーシャルメディアに書き込んだことが評価されると、
脳内でたくさんのドーパミンが放出され、快感を感じる。
ところが、次に評価を期待して書き込んだことに反応がないと
ドーパミンの量が減って大きく落胆してしまう。
落胆したあとに再び評価されると、今度は喜びが倍増し、
さらに多くのドーパミンが放出される。
これが繰り返されると、快感がどんどん大きくなってやめられなくなる」


確かに現実の社会のなかでは、褒められたり評価されることが少ない。
その傾向にある人ほど、ネットの中での反応が嬉しく
どんどん溺れていくのだろうか。


ネット社会のなかでは膨大な、知らなくてもいい情報までも知り得る。
住む処も離れており、現実には知り合うことが不可能な相手と
瞬時にご縁ができることもあり、胸弾む。
ネットの威力を頼もしく感じる。


ソーシャルネットワークを経験することで得る両刃の剣。


現実の社会と同様、しっかり見極めることが大切だし
自分のなかで「一定の時間しかやらない」というようなルールを作り
自らを律していく知恵が必要であるとも感じる。