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惻隠の情(そくいんのじょう)

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イタリアのシェナの塔

 

日揮株式会社の従業員がアルジェリアで痛ましいテロ襲撃をうけ

10 人の邦人が襲撃死されたことにお悔やみ申し上げたい。

冷たくなって帰国した当人に対し、家族や近親者などの悲嘆は

想像を絶するものがあることだろう。

心中いかばかりか、と思う。

 

テレビで報道された遺族の中に特に何度も登場した母親の姿が痛ましい。

70歳近い白髪の女性は突然逝ったわが息子のことが

受け入れられないのだろう、当り前だ。

「ブンちゃん、ブンちゃん」と生前の息子の

生き方を称え偲び、報道陣の前で取り乱してもいた。

同じ母親としてわかる。

また、わたしならどのように接しただろうかとも考えた。

 

考えるきっかけは、たまたま読んでいた佐藤愛子のエッセイのなかで

似たようなことに遭遇した文章にであったからだ。

 

カンボジアでボランティア活動中に射殺された中田篤仁さんの

父上がテレビで言われた言葉である。

 

「こういうことが起こるかも知れない、ということは覚悟していました。

希望していた国際貢献が全うできて本人も思い残すことはないでしょう」

そう語る中田氏の口元には微かな笑みさえ湛えられていた、という。

 

その姿、言葉に対し佐藤愛子氏は、ついに滅び去っていたかと思っていた

かつての『日本の父、日本の男子』がまだ存在していたことに驚きと

感動を覚えた、と記している。

 

中田氏に対し、当時のキャスター久米宏(ずいぶん古い話だが)

「こういうときにあんなふうにニコニコ笑えるもんですかねぇ」と

大した人物だと褒めているわけではなく、さりげなく皮肉を言っていて

それを見た佐藤氏はムッとしたとも書く。

 

その後もテレビのワイドショーなどで

「カッコつけ過ぎる」というような中田氏への疑問や批判があったといい

「つくづくこの国がいやになった、日本人は変質した、

価値観ばかりか、感受性が根こそぎなくなった、

人のこころの襞を感じ取るデリカシイをかつての日本人はもっていたのに

今は心の陰を感じ取る前に、自分勝手な独断的分析をし、批評をする。

人の言葉の陰にあるものがわからない、わかろうとしない高慢な不感症に

なりはてた」と義憤している。

 

かつての日本人は、悲嘆を押し殺し建前をいう姿に心打たれ、

そこに「惻隠の情」というものが生まれ口には出さないが

わかりあっているというしみじみとした優しい人間関係が

出来ていたのだと言っている。

 

「惻隠の情」という言葉に久しぶりに接した。

この言葉は、内務官僚から衆議院議員(法務大臣など)を歴任した奥野誠亮氏が国会でしばしば語り、流行ったと聞いている。

 

「惻隠の情」とは、他人のことをいたましく思い、同情する心が、

やがては人の最高の徳である仁に通ずるもの、というようだ。

ウイキペディアによると『たとえば井戸に落ちそうになっている幼子を見かけた時、人は誰しも利害に関係なく、思わず救おうとする(はずだ)。孟子はそれを惻隠の情と呼び、善(仁)の萌芽が人に内在する証左だとした』

 

そのことから『わたしなら、どうしたであろうか』と、

前述の遺族の母親の報道のことを思ったのである。

たぶん「そっとしておいてほしい」とメディアの前には出なかったに違いない。

人知れず他人にわからないところで悲しみを噛み締めたであろう。

なぜあれほど己をメディアに曝し、またそれをメディアは悲劇の主として

丹念に放送しなければならないのか。

メディアに惻隠の情がなくなって久しい。

 

 余談であるが・・・。

日本の企業はこんにち多くの人を世界各地に派遣している。

これらの行為はすべて自己(社)責任で行われ、企業は派遣先

に合った処遇(安全の手配や給与所得)をしている。

当然ながら派遣されるひとは、ある種の覚悟をもって任地に

赴いているはずだ。

 

さらに今回、生存者と遺体の搬送のために政府は副大臣を

同道させて政府専用機を派遣した。

政府専用機は、旅客機の場合には約500座席を設置可能な巨大航空機である。

この派遣運行費用の総ては税金から支払われる。

消費税を上げなければならない政府が、なぜ私企業の為に

政府の費用で航空機を派遣しなければならないのか。

 

また営利を目的として海外で活躍している民間人の遺体と遭難者を、

外務大臣が羽田空港で出迎えている。

これらの処置は極めて異常な現象であり、安部政権の何らかの意図が

働いているのでは?とあらぬ疑問を持たざるを得ない。