知人と連絡が取れなくなっていた。
携帯電話は電源が切ってあるのか、つながらない。
待機しているがごとく、すぐに反応のある彼女からの返信がないと心配になる。
知人はわたしより、10歳以上年長である。
5年ほど前に脳梗塞を発症している。
1か月の入院、リハビリを経て普通に日常生活が送れるように
なったものの、喋り方に不自由さが残る。
仕事柄、弁が立ち、核心に触れ、よどみなく話す人である。
人一倍聴き上手でもある。
30年以上、心理カウンセラーとしてボランティアで経験も積んでいる。
先輩でもあり人生の師でもある彼女は
わたしの心の拠りどころにしているひとだ。
70歳までグループホームで夜勤などのハードな仕事もこなし、
熱血を絵に描いたようなパワー人間だ。
その彼女が思いもよらず、脳梗塞を罹患したことは
本人にとっても少なからずショックだったようで
リハビリで歩けるようになり、話せるようになっても
無念の気持ちがあり、納得がいかないようであった。
それでも訓練の結果、歩行はまだ、おぼつかないが
話すことは充分回復したようにみえ、喜んでいた矢先に、2度目の発症である。
『多発性脳梗塞』と最初に診断されていたせいで
日常生活にはかなり神経を使っていた。
が、またしても・・・
彼女にとっては「予期せぬこと」で地団太踏む思いである。
そのことがあってのち、身体をいとうようになり、
それまで以上に神経質になっていた。
「2月末ごろには会おうか」と軽く約束をしていたのに
電話がつながらなかったのだ。
「ひょっとして、入院でも?」と気を揉み、つながらないとよけいに気にかかる。
何回目かの電話のとき、ひょっこりつながった!
「あらぁ、良かった!元気でした?」内心驚きながら、呑気そうに問うと、
「グアムへ息子と行ってきて、今帰ってきたとこよ~」
明るい声が返ってきて、心底、ほっとした。
離れて暮らす子息は、たまたま休暇が取れて母親を旅行に誘ったのだと言う。
おりしも、グアムで日本人が殺害された時期と重なる。
「無事で帰って来られて良かったねぇ」
病気でもなく、海外で事故に遭うこともなく元気でいてくれたことが何よりである。
「これから行きたいところは、どこでも連れて行くよ~」
息子が言ってくれたと、声が弾んでいる。
高齢の夫の認知症に向き合いひとりで介護する傍ら、
自身の健康が危うくなったことへの危機意識のせいか
遠慮なく息子たちに甘えることにした、という。
「今日は元気、でも明日はわからない・・・
普通に話せて普通に会えるとは限らないから・・・」
彼女はいつもこのように言葉を結ぶ。
この生々しい言葉に今の置かれた現実を想像する。
今日も元気、明日も同じように・・・とは限らないのだ。
健康を自負しているわたしも、重く受け止める。
とにかく生きていてくれて良かった・・・
年齢を重ねるということは心配事も増えることなのか・・と思う。
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