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フランス映画「愛、アムール」を観た

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 39日に封切られたばかりの映画『愛、アムール』

2012年度カンヌ国際映画祭パルムドール賞、

85回アカデミー賞外国語映画賞など多数の映画賞に

輝いたM・ハネケ監督作だとう。

 

日経の毎金曜日の映画欄に5つ星として取り上げられた。

テレビのCMでもあったから、さっそく観てきた。

パリの高級アパルトマンを舞台に、病に倒れた妻を夫が介護する。


ただそれだけの映画だ。感想は・・・暗くてぱっとしない、

なんら心に響くものがないというのが正直な気持ちだ。


老齢の妻はもとピアニスト、夫も音楽家、

娘もその婿も演奏者一家である。

映画のバックにはシューベルトのピアノソナタが流れ

豪華な家具やインテリアに囲まれた生活が夫妻の

恵まれた日常を描こうとしていた。

 

 弟子のコンサートを聴きに行った翌日、妻の様子が変だということに

気づいた夫が、受診を嫌がる妻を、無理やりに病院へ連れて行く。

そして、手術は失敗して妻は半身不随になって帰宅する。

 

異常に病院を嫌う妻のために高齢の夫が自宅で看ることになる。

プライドの高い妻は、看護師や介護ヘルパーと

次々と衝突して辞めて行くことから介護は夫ひとりに重くのしかかる。

淡々と映画は綴られる。

 

俳優の顔が皆、音楽をなりわいにしているようには見えない。

娘は剣のある顔つきをしていて夫も品がないと感じる。

実際のヨーロッパの音楽家を知っている知人に訊くと

この映画を観たけれど、本当の演奏家の生活を

まったく伝えていないと語っていた。

 

映画のなかで何が物足りないかというと

主訴というか、訴えるものが感じられないのだ。

見続けるのに苦痛を覚えるほどだった。

 

でも、評論などでは夫婦の愛の深さや絆が恐ろしく絶賛されていて

わたしの観方が酷評過ぎるのかもしれないと思ったりもする。

だんだんと年齢を重ねるとモノの見方も厳しくなってくるのは否めない。

 

どうして友人や知人などとの交流がないのか。

どうしてわたしから見たらスープのない簡素な食事なのか。

どうして果物がテーブルの上に積まれてないのか。

どうしてかつての生徒や弟子が訪ねてこないのか。

どうして自らの手で妻を死に追いやったか。

様々な疑問が多くつきまとう。

 

この映画を筋立てするために設定された

現実の社会には考えられない現象があまりに多い。

最近は、新聞紙上の紹介や評価などを読んで

映画を観賞するが感動したものは、ひとつとして無い。

 

その理由を考えていたが、結局はこうした評論を書く人間の

『人生経験の未熟さ』であると思う。

 

とどのつまり『人間は、己の人生観の範囲内でしか物事を

認識することができない』、

簡単に言えば『歳相応の判断・評価しかできない』から

不作の映画をみるはめになる。