血管は履歴書

 

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花は、アグロステンマ(散歩の途中見かけました)

 

 今日のブログは前回の『これは羊頭狗肉?』の続編だが、内容としての継続はない。

市来正隆氏(JR仙台病院々長、昭和54年東北大卒・医博・30年余血管外科医)が

學士会報(2012-III)に寄せたものの転載である。(緒言は省略)

 

  「土の中の水道管、高いビルの下の下水、大事なものは表にでない」と

相田みつをさんの作品にあるが、『医療現場においても大事なものを見ていない』」と

主張するのは、市来正隆医師である。

 

   玉石混淆の情報過多の今日、『大事なものは表にでない』という考えが

思考の基本的位置を占めている、との書き出しで同氏は

ここに紹介する『血管は履歴書』を出稿している。

 

 

 

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1.動脈硬化と健康寿命。

血管外科診療の中心となるのが大動脈瘤や閉塞性動脈硬化症などの

動脈硬化症疾患です。

動脈硬化の最上流にあるのは、喫煙習慣、食習慣、運動習慣の揺らぎです。

その揺らぎが増幅し重合して、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの

生活習慣病を併発します。

 

そして何十年後には動脈硬化として血管を蝕むことになります。

ひとつひとつは小さな雫(しずく)であっても、ひとたび川を下り始めると静かに

大河に成長し、いつの間にか動脈硬化という荒れた大海原に行き着くイメージです。

 

今日、日本人の三人の一人は虚血性脳血管障害や心筋梗塞などの

動脈硬化疾患で命を落とします。

 

この死亡率は悪性腫瘍(一般的には癌)とほぼ同じですが、悪性腫瘍と違うのは、

動脈硬化性疾患になりやすい人が明らかなことです。

それにも拘わらず動脈硬化検診が、がん検診受診のキャンペーンのように

普及しないことが不思議に思ってきました。

 

 

「ひとは血管とともに老いる」という言葉がありますが、血管が老いるとは動脈硬化が

進行するということです。しかし「ひとは加齢とともに皆一様に血管が老いる」と

いうことではありません。

社会に格差があるように、医学的にも個人間での精神的、肉体的格差があります。

その格差は、幼年より青年、そして成人よりも高齢者と歳を重ねるにつれて拡大します。

この健康格差が健康寿命に大きく影響します。

 

 健康寿命に一番関わるのな、まさに動脈硬化です。動脈硬化になると血管が傷み、

心臓や脳、腎臓、そして足までも障害を受けて日常生活に支障が生じます。

結果的に肉体ばかりでなく精神的な健康格差が広がることになります。

 

 

 2.      動脈硬化予防と早期発見。

2008年春からメタボ検診と呼ばれる特定検診が始りました。

これは40-74歳までの肥満者を対象に、血糖、脂質、血圧、

禁煙習慣の有無からクラス分けして保健指導するものです。

 

動脈硬化の成立過程を大河の流れに喩えましたが、メタボ検診は

大雑把に川の中流に堰を設けるようなものでしょう。

メタボ検診の目指すゴールは動脈硬化予防であり、それにより

厚労省は将来二兆円の医療費削減ができるのとしています。

しかし対象者が既に動脈硬化病変を有しているかもしれません。

また動脈硬化は肥満者だけの特有の病態でもないことを考えると、

厚生省の見込みは楽観的と思います。

 

動脈硬化の予防をするならば、対象者の血管を観察したほうが手っとり早く、

逆に血管を観察することで動脈硬化の危険因子を見つけやすいことは、

動脈硬化検診を10年間施行して実感していることです。

 

個々の対象者がどこを流れているか不明な流域に堰を設けるよりも、

現在どの辺を流れているかを知るほうが、動脈硬化対策としては動機付けや

費用対効果も優れていると思います。動脈の現状を把握しておくことこそが、

動脈硬化予防や進行阻止のために一番有効であるということです。

 

表に出ていない大事なもの、まさに動脈を観察することこそ、

動脈硬化性疾患を減らせる最短の近道でしょう。

動脈硬化での死亡率を減らせるだけでなく、寝たきり患者も

減少し超高齢化社会において健康寿命の延伸にも

多大な好影響を及ぼすのは明らかです。

 

動脈硬化予防に対して得心しているようなことを書いてきましたが、

前述したような素朴な疑問や考えを持つに至るには、

血管外科医である私にとって時間はかかりませんでした。

 

 昔から動脈硬化の末期的状態といえる大動脈破裂や重症下肢虚血の

患者に対して多大医療資源が投入され続けています。

今でも若き血管外科医が深夜に大動脈瘤破裂で緊急手術に呼び出され、

重症虚血に対して長時間のバイパス手術を施行していますが、

徒労に終わることや無力感を持つことが多いのではないかと思っています。

 

動脈硬化疾患は「座して待つ」疾患ではないと血管外科医は痛感するのです。

人間ドックや検診などでは無症状の胆石症や早期胃がんは

容易に見つけられるのに15-20年前から発症していた

動脈硬化性疾患が末期的状態まで見逃されている現状について、

強い疑問を持たざるを得ません。

 

現在、脳梗塞心筋梗塞、透析、患者が明らかに減っていると

いう報告はなく、高齢者の増加によってかえって増加しているようです。

定期健康診断や人間ドックでは表に出ない大事なものを

見ようとしていないからなのではないか」考えています。

 

 3.      血管検診の勧め。

動脈硬化性疾患になりすい人はわかっていると書きましたが、

それは喫煙、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの動脈硬化の

危険因子を持っている人たちです

 

これらの危険因子は検診や人間ドックなどで容易に発見され、

薬物治療を受けている人が数千万人います。

 

血圧やコレステロール値、そしてヘモグロビンA1c値は

外来で容易に測定され、その値に皆さんは一喜一憂していますが、

果たしてそれだけで良いのでしょうか。

 

高血圧、脂質異常症、糖尿病の患者を治療する最大の目的は、

動脈硬化にならないようにすることです。

これらの専門医と称する医師は多数いますが、

実際はどれだけの医師が受け持ち患者の動脈の状態を

把握しているでしょうか。

 

 どれだけの患者が現在の自分の動脈の状態を知っているでしょうか。

 

 例えば糖尿病において同じヘモグロビンA1c値の患者でも

動脈硬化の進行度によって、心筋梗塞脳梗塞、腎障害の

発症リスクが違うのは容易に想像できます。

 

 

当然のことながら糖尿病の治療や管理も異なってくるはずです。

脂質や高血圧でも同じことが言えます。

身体の中の大変大事なものである「動脈」は表に出ていませんが、

見ようとすれば「見る」ことは容易になりました。

 

 近年は血管検査法が著しく進歩し、頸動脈エコー検査や

血管内皮機能検査などで外来でも動脈硬化の評価が簡便に

出来るようになっています。

 

乳がんや胃がんなどの個別の臓器のがん検診も重要ですが、

より効率的な血管検診の受診を是非、お勧めします。

 

 

 

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読んでいただきありがとうございます。

いかがですか。

病気は早期発見が大事です。

 

 10002000円で購入できる名医紹介本や検索サイトに掲載されている、

いわゆる名医に依存するのではなく、今や組織医療の時代です。

 

つまり担当科医、内科医、外科医、放射線科医、麻酔科医、

病理科医などの討議に加え、薬剤部、看護部などとの連携による

総合医療が主と言えそうです。

重篤な病に際しては、公立病院や大病院(非個人経営)で、

経験豊かな専門医の診断を受診されてはいかがでしょうか。

 

 

 なお、JR仙台病院と市来正隆院長のサイトは下記である