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捨てる勇気を!自分が大事!

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長い長いおしゃべりをした前述の友、Y子とは30年来のつきあいだ。

めったに合わないし、歳も離れているが会うとお互いの近況を知り、

糧とする間柄でもある。

 

「あなたの話し方、好きよ」 - ふたりでお茶を

の続編である。

 

かつて、作家森瑶子の全盛時代、わたしは彼女の大ファンだった。

30代のころだ。

当時、病気の夫を抱え、子育てや仕事のなかで窒息しそうなほどの

閉そく感があるなか、男と女の凛々しい恋愛、精神と経済の自立を謳った

森瑶子のエッセイや小説はほとんど読みつくしたと言っていい。

彼女から多くの影響を受け、学んだ。

そして励みとした。

 

早世した森瑶子に、友人Y子は似ている。

恐ろしいほどの情熱を蓄えているところもそっくりだ。

疲れを知らないこどもの、エネルギーの塊のようなひとだ。

その一方で、知的さと妖艶さを兼ね備えたY子は、男女問わず、

若いころから、垂涎の的であった。

そんなY子に一つだけアキレス腱があるとすれば

お見合いで結婚した夫との不仲である。

しかし、聡明な彼女は普通のどこにでもいるフツウの妻を難なく演じ

70歳半ばに達した今でも、夫の事は大事にしている。

 

80代の夫は認知症を発症し、10年以上自宅介護まっただ中にいる。

「ご主人の主治医は奥さんやねぇ~~」

周囲に揶揄されるほど、薬や食べ物の管理をし夫を見守る健気な妻である。

自らも40代のころに婦人科系の癌を、罹患し

癌の再発をずっと恐れていたが、60代後半に脳梗塞の発症をみた。

 

そして2度目、3度目の梗塞を起こさないよう、食生活や生活習慣などには

十分気をつけていたはずなのに、発症したという。

健康診断などの検査項目はすべて真ん中の値を示し

何ら、数値に異常はなかったのに、と。

 

「あたまの中と内臓の健康は違うのよね・・・」

Y子は、ぽつりと言った。

2回目以降の梗塞を知らされ、驚いたのはこちらである。

どうして?と、戸惑っているわたしに、彼女は続ける。

「わたし、認知症にも、なってんねん・・・」

「えっ?・・・」

言葉が出ない。

 

「このあいだ、認知症に関する講演を聴きに行き、症状が全部

当てはまってん。他の人はいい講演やったわぁと喜んでいたけれど

わたしには、ひと言、ひと言がぐさりと胸に突き刺さったわ・・・」

懇意にしている教授にそれとなく質すと、間違いないようなの・・と。

 

彼女の言は、人ごとではない。

今や、認知症は誰でもなり得る病だ。

だれしも恐れ、なりたくないと思っている。

聡明で知的で面倒見のいいY子がどうして・・・・。

重たい話をさらりとするY子と、またいつものように冗談を交わし

明るい会話に戻ったのだが、胸に錘をぶち込まれたような気分はどうしようもない。

 

そのY子が尋ねる。

「あなたは、いつも穏やかで健康ね。かつてはご主人の病気で

大変だったけど、いまは本当に穏やかに暮らしていて羨ましいわ」

「わたしは、これだけ気をつけていても、重大な病を引き起こすのだもの

、どうしてだと思う?」

 

わたしは確かに今のところ、からだのどこも痛くも、痒くもなく

年1回の健康診断は至って普通である。

健康保険証も長いこと使っていないのは有難い。

 

わたしは、小心で臆病者だ。

そしてラク好みときている。

いま心身ともに健やかに暮らせている理由を挙げるとすれば・・・

「自分の身の丈に合わない荷物は背負わないことにした」

ことに尽きるのではないだろうか。

これは退職したときに選択した「あること」に通じる。

あることを捨てたのだ・・・

 

人間、還暦も過ぎればあれもこれも、と欲張ってできない。

ひとつのことをやり続けることで精いっぱいのような気がする。

仕事も無理をして続けていれば、もう少し余裕のある生活が

営めたかも知れないが、それも断った。

今は養う者もいない。

わが身だけを面倒をみたらいいのだ。

 

若い頃はあれやこれやと手につけたが、それらの遊戯や学びは

時間がたっぷりある人々の世界である。

人生の終焉に向かう者には似合わない。

晩年の青春の生き方は、『選択と集中』こそが相応しいと思っている。

 

Y子は、わたしと違って、まだまだ熱い!

野心もあり諸々を、手放せないでいる。

多忙過ぎてからだが悲鳴をあげているように、わたしには思える。

ぼつぼつ、背負っている荷を一つひとつ、降ろしてもいいのではないか。

「これがわたしのサガなのかも知れないわね」

火中のクリを拾いに行きたがるわが身を自嘲してY子は、いう。

 

生き方の選択は本人しかできない。

捨てることも大切なときがある。

夫さんのことも、社会資源を上手に活用しながら

どうか、ご自身のからだを一番にいとうて欲しい。

それを願うのみだ。