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子ども受難時代

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度々触れていることだが乳幼児を含め子どもが

愛されていないと感じることが増えた。

虐待や幼子を巡る事件・事故が後たないからだ。

親世代の未熟さもあり憂えること多しである。

 

『子どもの声がうるさいと言うので、保育園や幼稚園の設置に

反対するひとがいるという。

子どもがうるさいのは当たり前だと思っていたからびっくりした。

うるさくない子どももいるかも知れないが、大人の静寂さに

合わせてひそひそと生きている子どもばかりになったら、大変なことになる。

子どもは成長過程ではしゃいだり騒いだりをいたずらをしてだんだんと

社会性を身につけていくものなので、幼稚園のような元気な

場所で静寂を求められたらどんな大人になっていくのか、恐ろしい』。

 

国立西洋美術館館長、馬場明子氏が過日の日経新聞のコラムで述べていた。

同感である。

 

子どもは元来、おとなの意向などおかいましに行動する。

やんちゃをしたり、いたずらしたりが当たり前だ。

わが家にも「エネルギーの塊」のちびっこが3人おり、その威力たるや!

ぼ~っとしていると、吹き飛ばされそうになる。

一瞬、一瞬、細胞分裂を繰り返し、成長しているとも思える。

 

そんな元気いっぱいの子どもと日々向き合い子育てを

しているママの大変さたるや、想像できる。

しかも昨今は核家族が主になり、かつてのように子守を

姑舅に気楽に頼めないも多いようである。

気を使わない半面、子育てママが公衆の中で小さくなっているようにも感じ、

気の毒にも思える。

 

一方では生活のなかにしっかりスマホなどが

入り込み、家族のだんらんを奪っているようにも感じている。

先日も、乳児を連れた若いママが幼児といっしょにパパの

面会に来たのだろう、談話室で4人がソファに腰かけていた。

3か月ぐらいの赤ちゃんはあたりを見回し機嫌よくママに抱かれている。

3歳ぐらいの男の子は父親の膝にもたれているけれど

不思議と両親ともども、スマホに熱心で子どもに語りかけたりしない。

そんなに急を要するものなのか?

せっかく久しぶりに親子が会ったのなら、しっかり抱っこしたり

話したりしたらいいのなぁ、もったいないと老婆心ながら思ったものだ。

 

世の中、どんどん変わっていっている。

子どもが健全に育つのを願うのならもっと真剣に子育ての

環境を考える必要があるのではないか。

健やかに育つことを祈るのみである。