結婚宣言!



といっても、わたしのことではない。
60歳の半ばに達した実姉のことである。
相手はわたしたちも幼いころから見知っているいとこの太郎(仮名)である。
結婚を決意したことも、一緒に暮らしていることもまったく知らなかった。
今回の帰省での大きなサプライズだ。
ひとの縁はどこに転がっているかわからない、とつくづく思う。


実姉、仮に花子と呼ぼう。
花子は夫を胃がんで亡くし、以来25年ほどを独り身で通してきた。
3人の子どもたちも皆、家庭を持ち車で30分ほどの距離に住んでいる。
長男家族と同居している花子は63歳まで働き、持ち家の完済も終えた。
時間ができた花子は趣味でアーチェリーを始めた。
いとこの太郎に誘われたのがきっかけのようだ。
いまや週の大半がこの趣味で費やされる熱の入れようである。
朝早い練習や大会に行くとき、いとこの太郎が送り迎えしてくれ、
そのお礼に花子が弁当作りなどをしていたことから接近したらしい。


同じ市内にずっと住んでいるいとこ同士である。
それぞれ伴侶を得て人生を歩んできた。
慶弔のときなど、年に数回は顔を合わす。
気の置けない「お兄ちゃん」のようだとわたしも思っていた。
なんと、いとこから義兄になる・・・
不思議な感覚だ。


太郎は、もちろん独身である。
最初の妻は離別、二人目は死別である。
離別した嫁とのあいだに一人子を設け、二人目の妻とのあいだに二人の実子がある。
二人目の妻の連れ子が2人いて少し複雑な係累を背負っているが
もう皆自立しており、何の問題もなさそうに見える。


連れ子を含め子どもたちを男手ひとつで立派に育て上げた太郎は
退職後に老親の介護に見舞われ、父親を数年前に、昨年母親を看取っている。
いまは、何の憂いもない気楽な一人暮らしの身の上である。


数いる、いとこたちのなかで、太郎は一番年長だ。
父親似のやさしい性格で穏やかないい表情をしている。
老親の下の世話もいとわず、家事もこなすなどフットワークの軽さは
人間性を視るに十分である。


宴席のなかで「春が来たね!」茶化してわたしが言うと
「花子ちゃんが来た!」とすかさず返答してくる。
ほんとうに嬉しそうである。
しあわせそうである。


ふたりが急接近したのは、その趣味のこともあるが花子が
今年の初めに入院したことによるようだ。


長年気を張って来たせいか花子は、退職後に次々と罹病している。
脳梗塞をわずらったときも驚いたがすっかり完治し、いまは何の後遺症もない。
「虫が知らせたのかも知れない」という花子の勘があたり、今度は
胃の検診を受けたら胃がんの前期症状4期だということで急遽手術をしている。
自宅から離れた鹿児島大学病院での入院となり、子どもたちはまだ学童児を
抱えて多忙であり、花子の看病に太郎がついたのが深く
絆が結ばれるキッカケとなったのだろうか。


あまり多くを語ってくれない花子であるが「結婚はしない!」と断言し
長いあいだ一人を通してきた。
つきあいのある恋人ぐらいはいたようだが、一緒になる気持ちにまでは
至らなかったらしい。


それが何のことはない。
前言をあっさり翻すほど、いまの太郎との生活は満ち足りているのだろう。


太郎は60代の後半だが髪型も服装も、一段と若々しくなっている。
花子も夫の死後は、きりっとした矜持を持っていたのに
ひとりの可愛いおんなに戻ったように、華やかさが表情に現れている。
何と言う変わりようか・・・。


太郎も花子も辛酸をなめている。
これから自分たちのことを第一義にして、ゆったりと
しあわせな人生を送って欲しいと願う。


それにしても、今のふたりのことを逝った双方の両親が知ったら
どう思だろうか。
「うわ〜!そうね〜。良かったねぇ〜」いつも何事にも肯定的な母は
ニコニコと嬉しそうに答えるかも知れない。


人の縁はどこに転がっているか、わからない。



マヌウ・メイアン