「逃がした魚は大きい」かも。


まったく、ひとの運というものは、わからないものと
つくづく思う。


以前、「紙切れ一枚」というハンドルネームの女性のことを記した。
彼女は自らのことを「紙切れ一枚」と語り
その紙切れ一枚の重みを実感して、折に触れ
ブログにコメントやメールをくれていた。


その「紙切れ一枚」さんを、Mと呼ぼう。
そのMの、わずかなあいだの人生の転機というか
予期しない運命に、こちらも驚いている。
Mの場合は幸運と言えばいいのか・・・


Mは、長いあいだバツイチ同士だった彼と
ようやく念願かなって一緒になった。
籍を入れ昨年の春、同居した。


最初の結婚に失敗したふたりは、ともに高校時代からの知り合いであり
お互いが離婚してのち、結婚を前提につきあっていた。
同棲期間は10年以上に及ぶ。


彼の義父の突然の他界により、義母のつよい希望もあって
家を出ていた息子(彼)と3人の同居が始まった。


「やっぱりきちんと結婚して、籍を入れると安心感があっていいわ〜」
Mは籍が入り、一緒に暮らせることが嬉しくてたまらない。


自分たちの住む部屋を改造し、家具を新調し、庭には新しく花を植え
それなりの甘い新婚生活を夢みていた。


しかし再婚生活はそう、甘くはなかった。


義父を亡くしたことからうつ状態にあった義母は、同居こそ
喜んだものの、何かにつけ二人に依存するようになり
自分でものごとを決められない義母は、彼女が仕事中であれ
お構いナシに携帯電話をかけて指示を得ようとするなど
同居後から気まずい関係になった。


義母を医者に診せ、仕事の傍ら姑の好きな料理を
心をこめて作って食べさせたりしているうちに
だんだん、症状が改善し、すっかり病気は良くなった。
二人の関係も良好になった。


彼の実妹は、離婚して時々子どもを連れて、実家に帰ってくる。
その義理の妹との関係も最初は、良くなかったけれど
Mの持ち前の明るさと面倒見の良さで、しっかり義妹もその子どもも
なついてしまい、これまた仲良くなった。


そんなことを克服して、新婚生活を満喫しているときに
偶然、駅でぱったりMと会った。


新婚生活はどうか、とたずねると目を真っ赤にして
「そのうち話すわ、今は辛くて話せない」という。
何があったのかといぶかしんでいるうちに
彼女から長いメールが来てことの詳細を知った次第である。


苦難を乗り越えたころ、彼が浮気をしたという。
趣味でバンド活動をやっていることから
そのボーカルを担当している若い女の子と、
あやしい関係になったようだ。


彼女は熟慮の末に家を出ることを決意し
彼と一緒に守っていた会社も辞めた。
そして、その退職金や彼と一緒に貯めたお金のなかから
慰謝料をもらい、念願の店を出したのが今年の夏である。


女はたくましい。
男と別れたぐらいでメソメソなどしておれない。


その彼女のオープンさせた店をようやく訪れた。
こじんまりとした、温かみのある食べ物やで、固定客も
ついているようである。


何より借金がないのがいい。
「さほど儲からないけどちゃんと、食べているわ〜」
ニコニコと満足げである。
すべてにおいて混沌とした危ういいまの時代に、大したものである。


別れた夫と義母は、よくその店を訪れるらしい。
結婚を夢みていたころに比べ、Mの顔は
晴れ晴れとしてきれいである。
ながいあいだ育んだつきあいと最終目的の結婚が崩壊したことにより
念願の店を持つにいたったことは、不思議といいようがない。
まったく予期しない展開になって
おもしろい人生だといってのける。


「逃がした魚は大きい」
別れた夫は元妻の輝きをみて思うに違いない。