甘いメロンにまつわる苦い思い出

 

 あれは、まだ夫が生きていたころだ。

仕事を終え帰宅すると主夫業をやっている夫が

用意してくれた夕食を家族で囲み、ひと息ついたときだった。

 

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ひと息と言っても数時間後だったような気もする。

突然猛烈な吐き気に襲われた。

そしてそれに続く強い腹痛と下痢。

いったい何が起こったのかとっさには判断できなかった。

 

トイレに行き、吐き出すものを吐き尽してもまだ

胃の底から絞り出すように吐き気が襲う。

それに伴う腹痛と・・・。

 

トイレから出たり入ったりを繰り返す私を見て、夫は言った。

「何かに当たったんじゃないか!」

確かに食中毒のような様相を帯びてきた。

 

でも当たったと言っても家族がみんな同じものを食べている。

わたしひとりだけ・・・というのもおかしい、と思いつつ

数分間隔で便器を抱え、出る、入るを繰り返す。

そうしているあいだに、ついに便器から離れられなくなってしまった。

ひと晩じゅうでも続きそうな上と下の格闘である。

とにかく吐き気というものがこんなに体力を消耗するとは

知らなかったし、辛いことこのうえない。

 

腸の弱い夫ならいざ知らず・・・

わたしは見た目の細さに似合わず頑丈なからだである。

風邪をひいても寝込むなどしたことがない。

熱い風呂に入ってひと晩寝ると治まるタイプだ。

でもそのときはさすがに参った!

額に汗をにじませ苦しむわたしをみて夫は救急車を呼んだ。

夕方の発症から数時間経っている。

夜中に近い。

 

救急車には過去何度も乗っている。

わたしが運ばれたのではない。

夫の急変で一緒について行ったのだ。

真夜中や正月早々の寒い明け方など数えきれないほど

世話になっている。

その救急車に今度は自分が乗って運ばれる。

変な気分だ。

 

救急車のなかでは隊員が吐いてもいいように応急処置をしながら

年齢やその晩食べたものなどを聞く。

エビの天ぷらと野菜たっぷりの「鍋焼きうどん」などを

食べたように記憶している。

食べ合わせが良くなかったのか・・

とにかく生ものは食していない。

 

あとデザートにプリンとメロンを食べた。

完熟の腐りかけのような甘いメロンである。

夕方ショッピングセンターの果物やさんで買ったモノである。

わたしは完熟の強い芳香を放つ果物が好きだ。

でもその果物やさんは鮮度の落ちた商品を平気で

売るということでも知られていた。

そのことを承知で買った自分にも責任があるのか・・・

 

子どもたちはメロンを食べず、わたしと夫が少しだけ食べた。

 

病院に着いても吐き気で気分が悪いなか

医者に同じことを訊かれ、同じことをしゃべった。

結局「食中毒」だということで1週間の入院と相成った。

 

病院では吐き気止めの薬が点滴で補給され

ほどなくして吐き気は治まり楽になった。

お腹の調子は簡単には、戻らない。

一度に体重の半分が減ったような感覚で

げっそりやつれたのが自分でもわかった。

 

「食中毒で入院」ということは職場にもすぐ伝わり

知人たちがかけつけ、理由を訊かれたが言葉を濁していた。

なぜなら「メロン」が原因とは言えないからだ。

 

食べたときにぴりりと舌を刺す苦みと変な痛みを感じたのに

まさかこんな大ごとに発展するとは思いもしないから

おかしいなぁと思いながら食い意地の張ったわたしは

1/4ほどを平らげてしまったのだ。

 

「まさかそんなものに当たるなんて!」

誰でも言いそうである。

現に伝えたひとに一笑されたから次第に

口を閉ざしたのだが、あり得るとは医者も言っていた。

 

同じものを食べても人によっては感じない人と

敏感に感じて体が受け付けない人もあるらしい。

わたしは後者の方だった。

 

いつでもそうだ。

職場で同僚たちと近くの食堂で同じ昼食を摂っても

わたしだけがお腹を壊すことなどけっこう、あった。

定食の天ぷらで当たったことは、退職間際のことだった。

 

調理に使った油が古かったのだろう。

休憩から戻り、額に汗を滲ませトイレに駆け込む!を

頻繁に繰り返し、出すだけ出してしまうと元に戻った。

 

人一倍敏感なからだであることは間違いない。

今でもその傾向はあるからめったと外出先で

何でも口に出来ない所以である。

 

あの香り高い甘いメロンに当たったなど

言いたくもないが、メロンの絵を描いたので白状した次第だ。

それにしても頑丈であるはずのわたしめの胃腸は

持ち主の意に反してデリケートであるらしい。