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師走の光景

暮れも押し迫って来たのにそんな気がしないのは、わたしだけか。


一歩、買い物に出ると賑やかなクリスマスソングと
その類のきれいなディスプレイに、少し実感する。
迎春用品やおせちの予約や、帰省用のおみやげなどが店頭に
並べられると、やっと新しい歳を迎えるのだという思いになる。


家族が揃ってひとつの家で暮らしているころ、正月用食材や
迎春用の買い物は、量も多く大変だった。
買い物に出るたびにお札が飛んでいく感じで
空恐ろしく思ったものだが、いまやひとりの身軽な生活は
それほど食材を買い込まなくともいいし、必要があればいつでも
買える、という気楽さがある。
年末だ、年始だという実感が年々薄れている。


すべては時代とともに変わる。


年末の仕事のひとつに「障子張り」がある。
シニアナビのどなたかが、ギャラリーで「障子張り」を
アップされていて、なつかしく感じた。


今は、マンション住まいで障子など張り替える作業も
30分もあれば充分足りる。


結婚したてのころわが家は、古い木造の家だった。
今のような機密性の高いサッシ窓ではなく、
木造の桟のある履き出しガラスだから
冬などすきま風が入り込み、寒い。
廊下を挟んで障子張りの部屋が幾つか並んでおり
年末になると、家の大掃除とともに「障子張り」が待っていた。


この「障子張り」が一日仕事で、たいそうくたびれる。
姑亡き後、夫とふたりでその作業に当たっていた。
そのころ、苦行のひとつのように感じていたけれど
小さい子どもたちに障子を破らせると大喜びである。
ふだん、「障子を破るな」と言われているだけに
長男も長女も、嬉しそうに思いっきり、ブスブス穴をあけ、
威勢よく破ってくれる。


障子の桟をていねいに洗い、クルクル巻いた障子紙を
あて、自家製のノリで張っていく。


乾いたあとに霧吹きをかけるとピンと張り
出来上がりは、なかなか気持ちがいい。


セピア色の日差しのなか、縁側に並べられた
障子を見て、年の瀬を感じた。


年末ぎりぎりに餅をつき、神棚や仏壇を整える。
玄関には、松や赤い千両などが入ったお正月らしい花を活ける。
門松もあった。
最近は企業のビルの玄関前に立派な門松をみるぐらいで
このあたりの民家では見かけない。
わが家もそうだけれど、新春を模したリースが多い。


かつて「紅白歌合戦」が始まるころ、ようやくお節などを
作り終え、ほっと一息いれると新年の幕開けだった。
師走は忙しく、主婦は特に疲れるものだと思っていた。


今やそんな師走の光景が物足りないほど、大きく様変わりしていている。
楽であるけれど・・・。


ナンテン 万博の日本庭園にて