ブログが書けない!?

「ことは密を持って成す」ではないが、集中してやりたいことがあり
そのことに専念したいため「6月、7月のブログはお休みします」
などと、書いたのは5月末ごろではなかったか。
シニア・ナビも以前と比べると、無沙汰をしていた。




それでも習い性か、長年、拙文を書いてきたわたしは
その空白も気になり1週間に1,2回の割で出没している。
そうしてようやく、やりたいことのメドがつき
以前の状態に戻そうかと思っているところである。


ところが、いざ書こうとすると「何を書こうか?」と、迷い
さっぱり、書きたいことが浮かんでこないのである。
書けない。
はて、すっかり怠け癖がついたか。
最初の「書かない」ことに対するウズウズ感はどこへいったか。
慣れとは恐ろしい。


このところ新聞記事などのスクラップもしていない。
それどころか目を通すのでさえ、いい加減である。


目をそむけたくなる乳幼児への親からの虐待が
相変わらず、あとを絶たない。
そしていじめに関する教育界の腐敗。
胸が痛み、怒りを覚える。
吠えたくなる。


生活保護の実態や、原発問題、太陽光発電の知られざる現状
そして小沢氏らの民主からの離党など
看過できない世相のありようである。


書かないことを由としていると、だんだんと脳の方も
その命令に従うようになり、問題意識も失せてくる。
そして時間も手間も省け、書かないことがラクかなぁと思うようになる。
ブログやネットの世界はある種の麻薬のような常習性がある。


このまま線香の煙のように、消えてしまってもいいかなぁという思いと
表出させたい気持ちとの、アンビバレンツな感情で揺れている。


最近は文章より密かな愉しみごとを、披歴している。
もちろん、大事なわたしのコンテンツである。
重きを置きたい。
厚顔を恥じ入るわたしに、励ましのコメントは更なる意欲を
掻きたて大きな原動力になる。


まずは、すっかり錆びた我が脳みその、活性化から始めよう。
文章を組み立てることが難解に思え、面倒に感じるようになってはおしまいだ。
それに近い危機がある。


ボツボツ、辛口の憤怒を、世相に照らし書いてみたい気もする。