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芥川受賞作品について

感動・社会事象

第146回芥川賞は円城 塔さんと田中慎弥さんに決まった。


芥川龍之介賞は、純文学の新人に与えられる文学賞である。
大正時代を代表する小説家の一人、芥川龍之介の業績を記念して
友人であった菊池寛が1935年に直木三十五賞直木賞)ともに
創設し、以降年2回発表されている。


直木賞芥川賞もわたしは、以前ほど関心がなくなった。
はっきり言って、おもしろくないし感動の度合いも薄くなった。
と言いながら結局、一挙掲載の「文藝春秋を」買って読んでみることに
なるのだが、途中で読むのを中断したくなるほど中身がないことが多い。
買ったことを後悔するほどである。
どうしてこんな作品が?と思うことも少なくない。


特に最近の風潮として品がないのと、カタカナ文字の多さに驚く。
親の七光りで受賞したのでは?と、失礼ながら思ってしまうのもある。
斬新さが売り物の芥川賞であるが年々その表現力たるや
想像力の欠如なのか、説得性や整合性がないように感じる。


作家の阿川佐和子は、高校入学時だったかしら?に
父親が作家だということで期待をされたが
さっぱり文章は書けず、がっかりされたらしい。
さんざん父親に怒られ、書き直しをさせられ、現在の自分がある、
父に感謝しているということを何かで読んだ。


親の威光があってもやっぱりモノを書くということは才能と努力が必要だ。
そういう意味で受賞は相当ハードルが高く名誉なことに違いない。


現在の芥川賞の問題点として選考委員が「終身制」で顔ぶれがほとんど変わらないこと
選考委員が必ずしも現在の文学に通じている人物ではないこと、
選考委員の数が多すぎて無難な作品が受賞しがちなこと、
受賞作が文藝春秋の雑誌である『文学界』掲載作品に偏りがちであること
などもあげられている。


そうしたなか過日のY紙の記事によると・・・

選考委員を務めている東京都の石原慎太郎知事が18日
「全然刺激にならない」と、今回限りで選考委を辞退する考えを明らかにした。


 石原氏は報道陣に対し「いつか若い連中が出てきて足をすくわれる、
そういう戦慄を期待したが、全然刺激にならないからもう辞めます」と語った。
 石原氏はこれまで若手作家に関し「自分の人生を反映したようなリアリティーがない。(作品に)心と身体、心身性といったものが感じられない」などと語り、
今月6日の知事会見では「苦労して(同賞候補作を)読んでますけど、
バカみたいな作品ばっかりだよ」と話していた、という。


何となく氏の言っていることはわかるような気がする。
おもしろくない作品を、仕事と言えど、読むことほど拷問に近い
苦しみはないのではないだろうか。


受賞作品でさえ、素人のわたしが投げ出したくなるものが多い。
頭で描いているのか、経験の無さから来るものなのか。
とにかく以前ほど関心と感動がなくなったことは寂しい限りである。