今が一番?

ふっ、と退職前の水ぬるむ頃を思い出す。
所用で庁や銀行などへ行くとき、いつもビジネス街にある
公園の中を通り抜けて行っていた。


今の季節、梅が甘い香りを漂わせ、ビオラやパンジーの花びらが
色濃く花壇を賑わせており、時どき書類を抱えたまま
ベンチに腰かけ、春の匂いを思いきり吸い込んだりしていた。


昨年、一度だけ辞した職場を訪ねた。
先輩たちと一緒にオフィスの隣にあるホテルでランチを取り、流れたのだ。
皆が温かくもてなしてくれ、懐かしさも感じたけれど
いつまでも過去を振り返っても仕方ないか、という
思いもあり以来訪れていない。


春めいた匂いに、以前の仕事仲間を思い浮かべ
可愛がってくれたオヤブンさん二人、元気だろうか
向かいの彼女は相変わらずパン作りに精をだしているのだろうか
などと、懐かしんでいると胸中を見透かすように偶然、
そのひとりから携帯に電話が入った。


「今日、○○で会議があるのだけど、○○さんのことを教えて・・」
机を並べていた彼女からであるが、どうも話が通じない。
え?と、いぶかっていると
「ひゃぁ○○さん?ごめん間違えたわ〜元気?」と訊ね
あわてて電話を切った。


ああ〜○○の会議って・・・。
久しぶりにかつての職場のスケジュールに思いを馳せ
何とも言えない複雑な気持ちに襲われた。
会議の中では臆面もなく熱弁を奮い、エネルギー満載の
かつての自分を思い出し、今さらながら赤面する。
50代の、途中から手がけた女の仕事にしては多少の責務もあり
その分、達成感や充実感は確かにあった。


そのころ同い年の女性が知事に就任したばかりである。
知事とは幾度か委員会などで同席したことがあり
頭脳明晰、舌鋒鋭く、会議の進行もよどみなく
一挙手一投足がまぶしく感じられた。


彼女には学ぶことが多かった。
着任当時、背中を丸め太り気味の彼女は服装もぱっとせず、
普通のオバサンのようにオーラも感じさせなかったが
任期満了のころには、見違えるほどきれいになっていた。
仕事の中での緊張感や、見られている意識が
ぐんぐん成長させたものと思える。


いま、わたしは緊張感とは縁のない生活をしている。
フリーランスも含め、ずーっと仕事に力点を置いてきたわたしであるが
時間に追われない安寧な日常に満足し、安堵していることに
たまに現実から乖離しているように感じることがある。


辞めたことは、自ら決断し選んだことだから後悔していない。
しかし、たまにこれで良かったのか?と自問する。
わたしは幸か不幸か順応性があり「今、ここで」を
愉しむ術には長けている。
やりたいことの目的意識もはっきりしており、
少しずつ実行に移してもいる。


けれど・・・
何の憂いもないはずなのに、これでいいのかな、という思いと
漠とした感情が、たまに頭をもたげる。
特に今日の電話のように、はつらつとした声を聞くと
自分がはみ出した人間のように感じちょっと、落ち込む。
ないものねだりか・・・
まったく人間て、なんてやっかいなのだろう。
いや、わたしだけかも知れないが。



青いミョウガがあまりきれいだったので
食べる前に描いてみました。