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天神祭り考

感動・社会事象

今年も大阪の夜空を焦がす、天神祭りの船渡御が盛大に
行われたようである。
ナビの山猫軒さんではないけれど、わたしも最近テレビの
類を見ないので詳細は、わからない。
新聞の案内で知るだけである。
年々派手さを増していくその行事に本来の祈願を
どの程度の人が知っているのだろうか、と思う。


ナビ友のNさんがブログのなかで「天神祭りの怖い思い出」に
少し触れておられた。
確かにあの雑踏は大人でもしんどいものがある。
おかげで、久しぶりにその活気のようなものを
思い出したけれど、わたしも同じようにわざわざ出向いて
行きたいとは思わない。


花火も遠くから見るほうが火の粉が落ちてくる心配もなく、安心できる。
祭りはだんだん遠くなりにけり、である。



かつて府の団体職に就いていたころ、事業として
天神祭り船渡御」に参画したことがある。
2008年7月にそのことを記した文章があるので転載してみる。


打ちま〜ひょ♪ もうひとつせ〜♪
いお〜て(祝って) 三度♪
大阪締めが、鳴り物とともに大川に響く。

夕方から夜にかけ100隻の船が思い思いの装束で夜の川面を行き交う。
5,000発の花火が、炸裂する音と匂いと、
舞い降りてくる花火の粉で、迫力満点である。


菅原道真公を奉拝する天神祭り船渡御が7月25日行われた。


在阪の企業や大学、自治体が参画し、年々祭りのにぎやかさは増している。
船頭さんの高齢化で船を動かせない状況もでてきて
「定着船」と言われる動かない奉拝船が今年からお目見えしている。
時代をうつし、将来的にはこのような船が増えることを
主宰する天満宮は伝える。


在職する団体が船を出して10年あまりになる。
わたし自身の参画は今年で4回目だ。
30年以上大阪に住んでいても、めったにこのような体験は
できないので仕事の役得かなとも思う。


しかし準備に半年近くをかけるこの事業は「労多くして・・・」で
労力や経費面が大きな負担になる。
この一日のために2月ごろから会議を重ねても来た。
どのような企画もそうだけれど大過なく終わって、当たり前。
悪天候や事故に備えて保険をかける。
その名簿作成にもプライベートなことを記入しなければならず、
容易ではない。
事業費を捻出するために昨年からポスターやパンフレットに
企業の名前をいれ「協賛企業」を募る苦肉の策が功を奏するようになった。


200名近い乗船者を募るのも骨の折れることである。
会席風のお重とビールやソフトドリンクが飲み放題で30,000円の
乗船料は高いのだろうか・・・
インターネットで乗船者を募るなどの案も出ている。
いろいろ模索しながら、年々それでもやり方が合理化されてきて
やりやすさを感じている。


暑い日中から屋台がひしめき、イカやトウモロコシを
焼く匂いがいたるところでしていて、祭りを盛り上げる。
川沿いの橋の上や見物人も鈴なりになっていて
柵から手や顔がのぞき、下から見上げるとその数の多さに圧倒もするが
何となく、ほほえましさも感じる。


先ほどの「大阪じめ」の手拍子を取りながら、見物人に歌いかけると
同じく手拍子が返ってきたり、手を振ったりして
応えてくれるのがおもしろい。


JR環状線の電車が橋を渡るとき徐行運転をしている。
ある電車などサービスなのか、止まっているのもある。
窓からへばりつくように乗客が船を見下ろし、中から手を振る姿が見える。
帝国ホテル大阪の窓からも宿泊客が船に向かって
手を振るシルエットが浮かぶ。
大阪人特有の人なつこさに一体感のようなものが感じられ
ほのぼのとした気持ちになる。


夜の川は、風が冷たく気持ちいい。
ビールを頂きながらちょっとした避暑気分だ。
スタッフはきちんとした席などないから船の後ろに陣取ることになり
風の向きによっては重油の匂いがまともに顔にかかる。
居心地は決して、快適とは言えない。
けれど障害物のないところで打ち上げられる、あざやかな花火を
目の当たりにすると、その圧巻さにしばし疲れを忘れる。


天神祭り船渡御の事業が終わり、ほっとしている。



ということで、今は懐かしさに変わっている天神祭りである。
船が渡るときの、鉄橋に停まった電車の中から
たくさんの手が伸び、手拍子を打つ乗客の姿が
思い出され、微笑ましく感じたりする。
観客との一体感を思ったものである。
ほろ苦く当時の、さほど古くはない思い出にしばし、浸った。