歌舞伎座の華になりたい

朝から霧のような雨である。


わが家のちびっ子たちは、盛大に遊んでくれ
部屋は大あらしのあとのごとく散乱している。
なんぞ盗賊にでも入られたかと思うほどである。
そのチビたちが、昨日は幼稚園が引けると
婿殿の実家に行くといい、急に手持無沙汰になってしまった。


何となく解放感がある。


3時ごろ娘の病院へ行き、親子の状態を見届けると
温かい陽気に誘われ、そのままふらりと隣町の園芸店へ出かけてみた。


クリスマスローズを見たい。
予想通り今年は鉢が少ない上に品種もごくわずか。
あれほど権勢を誇ったクリスマスローズなのに・・・
寂しさを感じる。
あれこれ他のビオラやチューリップ、マーガレットなどを
愛でていると、ぱったり友人に会った。


いつも占い師のような派手ないでたちであるが
その日は、萌えるような若草色のコート、白のパンツ。
豊かな長い髪をゆるりとカールさせ、ベレー帽と
赤の小ぶりの革のポシェットをぶら下げている。
やっぱり目立つ。
とても70代には見えない。
つい最近まで駅などで初老の男性に声をかけられていたと
言うのもうなずける。


午後5時を回っていたけれど、わたしたちは近くの
ファミレスに場所を移し、簡単な食事を摂ることにした。
ちょうどいい、「大人の人間」と会話をしたいと思っていたところだ。


何しろ、このところチビたちとべったり暮らしていると
「〜〜ちゅまちゅ」(しますの意)などと
3歳児の言葉が移ってしまい困っていたところだ。


友人は、バリバリの仕事人である。
70歳まで阪神の某百貨店で派遣として働いていた。
根っからの人間好きが功を奏して、柔和な人間性と楽しい話術で
それなりの売り上げをこなし
「売り場のナンバーワンになるわ!」と豪語していたものだ。


その彼女が一昨年、職を失った。
百貨店に出店していたオーナーが店を閉じてしまったのだ。
昨今の不況には勝てなかったようだ。


さすがに70歳になると、コネでもない限り新しい仕事はみつかりにくい。
早朝から満員電車に詰め込まれ、夜遅い帰宅になる。
そんなバタバタ生活は卒業かと、思い始めて1年が経ったころ
仕事の話が舞い込んできた。
彼女の友人が小さな店を開業しそれを手伝うことになったのだ。
昨年の暮れのことである。


場所は大阪の歌舞伎座の中にある小さなアクセサリー屋さんである。
服や小物が大好きな彼女にうってつけの職場だ。
饅頭などを売る食べ物屋と並ぶその店は、
歌舞伎座に訪れた人が休憩の合間に冷やかすなどしていく。


「毎日、いろんなお客さまとお話しできて楽しいわ〜」
「一人ひとりと気持ちが通うことがあり、
ほろりとさせられることがあるのよ〜」
聞いていると確かに、ドラマのような触れ合いがあるようで
こちらまで熱くなる。
歌舞伎座は高齢者が多いらしい。
多い時など地方からバス20台で連ねてやってくるそうだ。


いつもニコニコと相手を引き込む話術は彼女の天性のものだ。
そのエネルギーを妬ましく思うほど、たくましい。


「わたし、歌舞伎座の花になりたい!」と彼女。
老年にさしかかった女性の言葉とは思えない、
どんな環境下にあってもその場を愛しみ
精一杯順応しようとしている彼女。
彼女のなかに「老い」など見当たらない。


作家の曽野綾子がエッセイでつづっている。
「生きている限り仕事をしなさい」
この言葉がぴったりである。


ラク好みのわたしは、いつも教えられる。
幾つになっても一生懸命生きることを。
まわりを感化できる人間であれ、ということを。


歌舞伎座の華になれるよ、あなたなら・・・