あのときの写真・・・

娘は、わが家の押し入れをかき回しては、不要と思えるモノを持ち帰る。
先日も「うわぁこれ、もらっていい?」
わたしが使っていたヴォーグの「かぎ針編みセット」をみつけ喜んでいる。


押し入れをかきまわす内に、ひとつの紙袋をみつけ「何これ?」と差し出した。
見おぼえのある古いカメラ屋さんのロゴの入った袋である。
中から、現像された写真とネガが!!



中を見て、娘と顔を見合せた!
あの時の写真だ!
見たいと思いながら、見られないでいた写真である。
ずっと探していた。
こんなところにあったのか・・・・。


夫の葬儀を終えて現像に出し、そのままになっていたものである。
娘をみるともう、顔を真っ赤にして、滝のように涙を落としている。


写真は、夫の最期のときに病室で映したものだ。
夫の53歳の誕生日。
そして、誕生日に旅立った。


意識の無い状態のなかで、かろうじて酸素吸入器で、か細い息をしていた。
伸びた髭を剃り、小奇麗に顔を整えてあげると
急いで近くのショッピングセンターに行き、花束とケーキを買ってきた。
そのときにインスタントカメラも求めた。
不謹慎かなと思ったけれど、まだ息があるうちに写真に収めたかったのだ。


]ケーキにローソクをつけ、花束を夫のまくら元に生け、息子と、娘と、義姉とで、祝った最後の誕生日。
♪ハッピーバースディ〜〜♪
歌も歌った・・・。


みんな寄り添っていても何とも言えない
悲しげな、うつろな表情をしている。



夫は、静かにみんなの歌を聴いていたのだろうか。
話し声に耳をそばだてていたのだろうか。
穏やかな表情で眠っているように見えた。


夫の閉じた目じりから、ふた筋の涙がつたっていた。
意識下で「ありがとう」と言っているように感じた。


その日の夕方4時半ごろ、夫は永眠した。


家に帰りたがっていたし、そのまま病院の車でわが家に連れて帰った。
仏壇の間に布団を敷き寝かせると「やっと帰って来れたねぇ・・・」
夫の好物を、精進料理に関係なしに供えた。


お坊さんや近親者だけで仮通夜をすませると
夫を真ん中に囲むようにして親子4人、並んで寝た。
息子も娘も幼な子のように、父親に寄り添い
寝顔だけは、苦渋の表情である。


頭のまわりをアイスノンにくるまって、
眠っているように、わが家に夫がいた・・・。


2003年 5月13日 53歳。


最期に着ていた緑のチェックのパジャマも、まだある。
彼の遺したものは、わが家の狭い押入れの一角に収まったままだ。
10年近く経つのに、まだアルバムも開けないでいる。
ビデオを撮っていなくて良かった・・と思う。