備えあれば・・・

夫を亡くした寡婦ばかり4人で「すみれ会」なるものを
催し、一年に一度七夕の季節に会っている。
久しぶりのおしゃべりに、みな近況を報告しあう。


一番最年長のMは教員をしている独身の息子とふたり暮らし。
娘は他県の歯科医へ嫁しており頻繁には会えないけれど
持病のパセドー氏病と付き合いながらまぁ安穏な生活をしている。
Mは今の戸建ての家を売却し、駅近の小さなマンションでも買い
引っ越したいと昨年から願っているが子息の反対に合っているのか
まだ実現していない。
60代後半の彼女は庭木の手入れも、もう億劫のようである。


わたしと同じマンションの6階に住むKは、いまのところ
さしたる不便も悩みもなく、とりあえず健康で、何とか毎日が
飢え死にしない程度に暮らせたらいいという楽天家ゆえに
それなりに日々を重ねている。
カルチャーや小さなボランティアに余念がない。


問題はY子である。
「ついに家を売ることにしたのよ!」と悲壮感もなく言う。
「やっぱりそうするの?」わたしたちは言葉がない。
彼女の夫は他界して7年ほどになる。


亡くなる数年前に豪邸を新築したのだが、ローンの残高6000万円が
そっくり残ってしまった。
夫名義であればローンの残は保険で相殺されるはずが、
何とその保険を抜いたばかりのときに夫が発病し、
あっと言う間に亡くなったのだ。
大手損保の代理店を営む夫は、保険のからくりに熟知していたせいか
自らも生命保険というものもかけておらず、財産と言うべきものは
代理店の仕事が残ったのみである。


それまで働いたことのない妻が、夫の顧客と事業を引き継ぐことになり
「よくやっているなぁ」とみなで、感心して見守っていた。


年収は遺族年金とあわせると600万ほどにはなるらしく
月々の家のローン23万円とボーナス払い80万円をこの7年間ほど
払い続けてきた。

「もっと早く売れば良かったわ」
年に12万円の保険を抜いたばかりに年350万円の支払いの代償は大きい。
夫亡き後ずいぶん、夫を恨んだそうだが仕事が残っただけ
マシという周囲の励ましでこれまでやってきた。


しかし、ローンの返済はまだ15年続き
しんどさを感じ始めたY子は、未婚の娘と協議のうえ
自宅の売却を考え、今売り出し中である。
建てた当時の半分以下の値であるらしいが
それでも払い続けるより、しんどさのないほうを選んだ。


あと賃貸に入るか小さな中古のマンションを買うかと思案中である。
とにかく家の売却が進まないことには、先の見通しが立たない。


まだ50代に入ったばかりの彼女の収入は当分見込める。
さっぱりゼロにしたうえで、これからをローン返済に
追われない生活を・・・ということのようだ。


Y子の明るさとたくましさが救いであるが
まさに人生は予期せぬことの連続である。


無駄に思えるような支出でも、万一に備え
手を抜いてはいけないことを彼女の夫が教えてくれた。