陽だまりのように

珍しく、落ち込んだ。
自己嫌悪の感あり。
退職して狭い世界で生きていても気持ちが、
ざわつくことがあるのだ。


何となく人に会いたい思いが募る。
誰でもOKではない。
こんなときは気持ちをしっとり受け止めてくれ
癒される人でなくてはならない。
同性がよい。


散歩の途中で、近くの喫茶店でお茶を呑んだ。
最近は素敵なコーヒー店とも縁がなく、あまり行くこともない。


似たような時期に退職した友人と連絡を取り、会った。
会うのは2ヶ月ぶりぐらいか・・・。
彼女も長いあいだフルタイムで働いており、いま
ゆったりとした日常を満喫している。
そして、わが家の近くに娘さんが嫁して来ており
生まれたて孫ちゃんのご機嫌伺いに足しげく通っている。


仕事を辞めてから始めたカラーコーディネイトの
勉強がおもしろいらしく、生き生きと話す表情が素敵だ。


特製のワッフルをほおばりながら、話しは尽きない。
ふたりは、いつも同じようなことばかりしゃべっている感がある。
それぞれまったく違った職種に就いていたけれど
仕事に向き合う真剣さの度合いや
一生懸命になり過ぎて、割を食うことなどは似ていた。


休日になるとお互いの近況を語りあい、胸に沈殿している
垢のようなものを、取り去っていた。
今はその垢とりの必要もないほど安寧な日を重ねている
ふたりであるけれど、時々わたしは彼女の顔が見たくなる。


いつも肯定的に受け止めてくれる彼女が好きだ。
陽だまりの温かさを感じさせる。


以前のバタバタ生活から一転して、静かな
落ち着いた時間をわたしもいま、味わっている。


窒息しそうな気持ちもようやく薄れ、少しずつ
仕事と呼べない、ささやかな内職(笑)と
愉しみごと(学び)に、時間を割くようになっている。


退職時、なるべく自分に負荷をかけないよう
一切のことから、あえて遠ざかっていた。
なのに気がつくと、月末に「締め切りのある」コトも
2,3抱えるようになっている。
ま、情けは人の為ならず・・。


ぼちぼちと水面下で、むかし取った杵柄を生かせるのは
わが朽ちかけた脳を活性化するのにちょうどいい、と
自らを発奮させる。


心の中に沈んでいた気持ちを表すこともしないまま
他愛のない会話を楽しんでいると突然、彼女は言った。


「話をしながらあなたの顔をじっとみつめていたのだけれど
何だか、きれいになったわね〜」
「穏やかないい表情になったわ〜」などと
トンデモナイことを言ってくれる。

あれ〜〜??
どういうことだ・・・


今のわたしは、眉間にしわ寄せて浮かない顔つきを
しているだろうに・・。
裏腹な言葉に内心、驚いたけれどうれしかった!


自己嫌悪OK!
仕方ない、済んでしまったことはもう取り戻せない。
いずれ、この落ち込みをはっきり披瀝するときが来る。
しかし、今は出せない。


結局、気持ちを明らかにしないまま
話し込んでいたのだけれど
いつのまにか、こころが軽くなっている自分を感じた。


やっぱり彼女は、わたしの吸い取り紙である。
ありがとう。
夏真っ盛りのいま、陽だまりを慈しむわたしがいた。



オルゴール人形