兄・いもうと

わが息子は結婚して3年になる。
子どもはいない。
ボツボツ欲しいようだけれど、これだけは
神様の授かりものだから天の采配を待つのみである。

結婚を機に家を新築し、木の香も新しい二人の住処を
訪れたのがきっかけで、毎年正月の一日を息子の家へ
娘家族ともども、押しかけて過ごしている。
息子夫婦は共働きで、嫁もふだん忙しくしているわりには
歓待してくれ、うれしい限りだ。


嫁の母親が料理上手で、おせちの重も
毎年作って届けてくれているようだ。
上品に飾り付けされた段重ねがおいしそうに食卓に並ぶ。


「むっちゃ、うまいんや!」
息子は、わが母を前にしてあちらのお母さんの料理を褒めまくる。
それでいいのだ。
嫁の義父母との関係が良好なのは精神衛生上もよろしい。


その母親の得意料理のひとつに「牛肉の八幡巻き」があり
毎年息子のリクエストに応え、おせちの一品に加えられる。
焼き直した熱々の肉巻きにタレをつけ
わたしと娘夫婦はおいしい、おいしいと相伴にあずかる。


息子夫婦のところに行くと、わたしは動かない。
姑としてふんぞりかえっているわけではないが、
キッチンには立ち入らない。


娘は「広いキッチンだからいいなぁ」と言いながら
鍋の野菜を洗ったり切ったりを手伝う。
息子は、義父の実家から取り寄せられたという「馬刺し」を切り
ニンニクをぎこちない手つきでスライスして盛り付けしている。
3人がキッチンで何やらやっているあいだ、
婿どのと、わたしは孫たちと遊ぶ。


10か月の「そうすけ」は、パパに頬ずりされ
ニコニコと嬉しそうである。
しかし何度もほっぺにチュウをされると
眉間にしわを寄せ、やがて大きな声でワ〜ンと泣きだす始末である。


「もう〜、イヤがっているやんか!」と、
ママは10カ月を抱き上げ
「そういえば、わたしらもお父さんによく顔を舐められたわねぇ」
「わたしなんか、鼻を舐められ臭かったわぁ」
「そや、そや。ムチャムチャ舐められたなぁ」と息子。


子煩悩な彼らの父親は、文字どおり舐めるように子どもたちを
愛おしんでいたが、躾には大変厳しく生前、いまわの際で
「厳しくし過ぎたかなぁ」などと悔いたりしていた。


6歳の潤平と4歳になったばかりのかえでが同盟を組み
二人してオジサンにタックルして遊ぶさまは、
小さいころの「息子と娘」とダブる。
コロコロとよく遊び、仲のよい兄妹だった。


チビたちを中心に集っていると
そこにはかつてのわが家族の風景が重なり
しんみりとした気持ちになる。
亡き父親が、まるでその座に座っているかのように存在が大きい。


「たった二人の兄妹やから仲良くせぇよ」
いつも息子と娘に言い聞かせていたことである。


「お兄ちゃんっていいなぁ」
娘はいつも3歳違いのお兄ちゃんに甘えている。
帰りの車の代行分まで甘えている。


息子は子どもがいない分甥っ子たちにも相当、甘い。
誕生祝いやクリスマスのプレゼントなど
高価なものをねだられても目じりを下げ、
ホイホイと気前よく買ってやっている。


ふだんはべったりしない親子であり兄、妹だけれど
長男として妹家族をも大事にしてくれている。
ありがとう、いつまでも仲良くしてね。
今年こそは、息子宅へコウノトリが舞いおりてきたらいいなぁ。
母は密かに願う。