リーダーの資質を思う

わたしはプロフィールのなかで「人間が好きです」と記している。
具体的にいえば「人が果敢に生きる姿に感慨をいだく」と言えようか。


人間の生き様があからさまに見られるのは、
平時ではなく危機や有事の時であることは言うまでもない。
日本の歴史上かつてなかった、三重大災害(震災・津波・原発)に際して、
未知のリーダーが突如現れて、難事を解決することを
期待したが、それははかない夢だったようだ。


コガゴタ続きの現政権は、ますます混迷の中に突き進んでいる。
支持をした国民に応えぬまま霧散霧消してしまうのか。
それは困る。


6月5日「小沢一郎氏の闘い(複眼)」のブログで
『人間学』と言うことに触れた。


僭越ながら、現在の民主党幹部には
「人間を御する知恵と経験が見られない」
「人間を学んでいない」と感じている。


また現内閣は66-70年以前の戦時内閣が犯した誤りを
再び繰り返しているとも感じている。
国民はかつて政府に煮え湯を飲まされたけれど
再び同じあやまちを政府と国民が繰り返しているように思う。


66-70年前には、わたしはこの世にまだ存在しない。
書籍やまわりの言によって蓄積された情報である。
その時代の誤りとは国による真実の隠蔽である。
当時は大本営発表であり今回は、経産省原子力・安全保安院のそれである。
まるで“危険隠蔽院”であるかのような体質と情報操作であると感じられる。


こうしたなか6月6日付けN紙の“核心”というコラムに
論説委員長(芹川洋一氏)が
「この国をどうする気ですか」と題した記事をみつけた。
なかなか興味深いので一部抜粋してみよう。



前略

どうしてこんなことになってしまたのだろうか。
2009年9月の政権交代からまだ2年もたっていない。
時期はともかく、じきに3人目の首相が誕生する。
ここはひとつ、民主党政権にみる「失敗の本質」を考えてみる必要がある。


失敗の要因を分析してみる中で、今の民主党に通ずるものがあった。
戦略目的が定まってないと、必ず失敗するという指摘だ。


以前の民主党には、はっきりした戦略目的があった。
一言でいえば、自民党政治の否定だ。
1955年の保守合同から続いてきた自民党による支配体制を
打ち砕くのが民主党によって立つところだった。


09年総選挙で、民主党は大勝し政権を樹立した。
目的が達成された。
では、それからの戦略目的となると、これが定まっていない。
かつての自民党のように「政権の座についていることが政権の目的」と
いった割り切りもできていない。

中略


組織運営にも問題がある。
政権と担当とは、国家を動かしていく責任も持つことだが、
それには当然、統治の技術もいる。
ところが、民主党政権は空回りつづけている。


政治主導の旗はいいとして、あやまった理解で官僚を排除し、
官僚組織を機能停止に陥らせた。
今回の大震災の対応が後手に回ったひとつの理由がそこにあると
いうのは、かねてから指摘されているところだ。


なぜだろうかと目をこらしてみると、幹部クラスに組織運営の
経験のないメンバーが多いことがあげられる。
市民運動家、弁護士、松下政経塾といった出身者は、
組織とは別の世界で育ってきた人たちだ。
人前で解説・説明することにはたけていても、
人を動かす人情の機微にはうとい。


不思議で仕方がないのが、事前の根回しなどなくして、
いきなり会議でものごとを決めようとすることだ。
どんな小さな組織でも、事前にうるさ型や利害関係者に耳打ちし、
時には肩を揉んで、スムーズな着地をめざすものだ。
根回しなど否定すべき古い自民党政治ということらしいが、
組織運営の智慧に欠けていると言わざるをえない。


中略


資質にも疑問符がつく。
自らの発言を方便と言ったり、引退すると言っては否定したり、
怒鳴り散らしたり、独断専行で決めてしまったり.......。
政治指導者としての訓練が足りなかったのだろう。


中略


ぜひ、4項目にゴシックで書き加えてほしい。
『この国を壊さないこと』


以上

ということで現政権にあたる人間の資質に触れている。
今後、だれが総理になるか明らかになるだろう。


四季のある国に暮らす日本人は農耕民族であり、
久しく家父長社会に生きてきた。


日本は、英国とその民族が基本となって立国した米国の
狩猟採集民族と異なる社会であり、40歳台の首相や
大統領では収まりにくい、国柄だといえる。


外国で若い首相や大統領が就任すると社会的背景や個人の資質を
考えないで「日本にも若い総理を」とみなが望む傾向にある。
それはどうだろうか。
その米国といえども、合衆国上院は典型的な
年功序列社会であると聞いている。


またTVに露出して庶民ウケが良いことなどは
国を治める能力とはまったく異次元のものだと思っているが
大多数の人はそのように解釈していないようである。


願うことは、せめて還暦に至った人物がその椅子に就いて欲しい。
単に還暦というが、60歳に至るまでには少々の生きる知恵も得たはずで、
耳順(論語)にもなってきたことだろう。


干支が60年を経て出生時に還える永い年月が還暦である。
40年余の大組織(集団)内で、多くの人々と交流して生きてきた知恵や
体験(人間学)のある人物がトップの座にあってほしいものだ。


子育てに必要な「おばあさんの知恵」は大きい。
「おじいさんの知恵」も見逃せない。
こうした人間学のある人がリーダーになって欲しいなぁと願う。