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熟年恋愛の行方

知(痴)人の愛

男と女は幾つになっても、ときめいていたい。
平均寿命が延びてきてリタイア後の人生も長い。
しっくりと心の通じ合う異性と出会い、充実した
余生を送りたいと願うのは当然の理だろう。
人間、生きていくためにはパンだけでは文字通り、物足りない。



シニア・ナビのチカさんも独身貴族を謳歌しながら、
ブログのなかで「同級生」と題して告白していた。
それは単なる同級生の域ではなく、わたしから見ても
男女の微妙な恋情が見え隠れする。
「腐れ縁なのよ〜」と言いながらしっかり彼の人間性を
観察しているところのようだ。


でも彼に肝心の「信頼感」が持てないとのこと・・・
「もう終わったことなのよ〜」と言いながら真意のほどは、わからない。
他人の恋の行方は、下手な恋愛小説を読むよりドキドキする。
彼女は若い。
男をしっかり両目で観察し、意にかなった相手と出会うことを願う。


しかし、年を重ねると人を見る目も肥えてきて
若いころには感じられなかったことが透けて見えるようになる。
その分、見識眼も高くなる一方で、現実を直視するから
進展がままならないことは、よくある。


近所に住む知人Aも悩んでいる。
彼女は離婚経験者で、死別の彼とお付き合いが進展中だ。
二人は熟年というより老年の域に達していて
相性も良いらしく真剣だ。
会うと、わたしはいつものろけ話を聞かされる。


そんななか、珍しくAが顔を曇らせている。
深刻そうな面持ちである。
聞いてみると先日彼の家に招待された。
初めての訪問にわくわくする思いで訪れ
一緒に鍋をつつこうと食材を持参したまではいいのだが
彼の部屋には亡き奥様とのツーショット写真が
あちこち飾られておりショックを受けた・・・というのである。
「死別した奥さまとの写真、内心いい気持はしなかった」と彼女。


なるほど・・・
確かにAの気持ちもわかるような気がする。
訪問することがわかっていれば写真を目の届かないところに
隠すかなどの配慮は欲しいような気がする。
男性はこのようなとき気が利かないのだなと思える。


しかし・・・男性の伴侶は3回忌を済ませたばかりである。
正確には妻が逝って丸2年しか経っていない。
亡き妻との写真をはずすのは、心が痛いに違いない。
まだ結婚するとも決めていない彼女の来訪に早々と写真を
隠すなど、彼にとっては残酷な気がしないでもない。


かくして熟年世代の恋愛というものは
結婚するしないを別にしても様々な葛藤がつきまとう。
何しろ、それまでの生きてきた軌跡がお互いたっぷりあるのだ。
まっさらな状態ではない。


お互いの価値観や居住地の風習、言葉の違いから起こる誤解など・・
枚挙にいとまがない。
それらをどのように受け止めるか。
聞き流せるのか・・・。
一筋縄ではいかないものがあるように思える。


新しい出会いは常に、離別・死別問わず双方の別れと
セットになってやってくる。
お互いがそれまでの過去にきちんと惜別できていると
進展の度合いは案外早いのではないかと思ったりする。


それにしても熟年、いや老境に達せんとする男と女の
物語は、わたしのまわりでは賑やかである。
他人事ながら進展をあったかく見守りたい。