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学校のいじめの根源

いま一番心を痛めていることに「学校でのいじめ」と「乳幼児虐待」がある。
どちらも毎日のように紙面を賑わし、その陰湿さと残虐さには目をそむけたくなる。
いったい、どうしてこんなことが!
いつから日本人がこんなにふうになり下がってしまったのか!



昔からそのどちらもあった、と言われるが相手を死(自殺を含めて)に
至らしめるほどの執拗さが最近の特徴とも言えるのではないか。
その源を探れば様々と出て来よう。
しかし原因と時代背景をさぐると、ひとくくりにはできない現実がある。



いじめに関して『学校のいじめの根源』と題した興味深い記事を
過日の日経紙でみつけた。
筆者は、菅野純氏(早稲田大学人間科学学術院教授)である。
割愛してまとめてみた。


※※※


繰り返される学校でのいじめと被害生徒の自殺。
いじめは、どうして起こるか、根源について考えたい。


「人間にとって、いじめの根は深い。平安時代に書かれた源氏物語でも
最初は光源氏の母親(桐壷更衣)」に対する周囲の女御たちのいじめの
場面で始まっている。部屋に閉じ込めたり、廊下にふん尿をまいたりして
帝と会うのを阻止する。戦前は旧軍隊での新兵いじめもあった。こうした
例を考察すると、いじめが起きやすい状況というのが浮かび上がってくる」


1.
大きい要素は、まず閉鎖的な環境、閉じ込められた空間であることだ。
昔のムラ社会はそうした要素を持っていた。
学校という空間も閉鎖的で意外に単調な生活が続くところになっている。


こうしたムラ社会から脱皮するためには、家庭生活が大きな役割を担う。
子どもが育つ過程では、いじめだけでなく様々な困難や挫折に遭遇する。
一時撤退したとしても、また復活し立ち直る「しなやかで強い心」を育むこと。
それが家庭を含めた教育の役割であり、子どもの心にしっかりとした土台を
形成する必要がある。


人への信頼感を培う「人間の良さ体験」をたくさんすること。
「こころのエネルギーの充足」で言えば、家にいると安心するとか
自分が親に認められている実感、家族から励まされることなども大事である。


いじめに負けないためには家庭の力は大きい。
子どもがいじめに遭って悩んでいると感じたとき
親はまず変わらない日常を保つ。
家族で一緒にお茶を飲む。
すると子どもは学校での嫌なことも距離を置いて考えられるようになる。



2.
第2は単調な生活。
暮らしに変化があれば対応に忙しく変化自体に魅力を感じたりする。
いつまでも変わらないと人間の攻撃的なエネルギーは行き場を失う。


かつて学校にはたくさんの行事があり、祭り的な色彩が濃かった。
運動会は、まさに地域ぐるみのお祭り。
騎馬戦や棒倒しなど激しい児童・生徒のぶつかり合いもあって、
人間の持つ攻撃性を合法的に発散できた。
大人へと一皮むけるきっかけにもなった。
それが危険を理由に縮小、管理され中止になったりしており、残るのは勉強ばかり。
今の子どもたちは、攻撃的エネルギーをどこで出すのだろうか。



3.
3番目の要素は慢性的なストレスがあることだ。
源氏物語に戻れば、女性たちはいつ帝から捨てられるか
わからずストレスを募らせている。


漠然とした将来への不安や受験など慢性的なストレスもあり
いじめが起きやすい環境で子どもたちは生きている。


ねたみや嫉妬の感情も、昔は恥ずかしいから心の内にとどめるなど
自分でコントロールしていた。
今はタガがはずれたように堂々と出してもいいんだ、という感じになっている。


『たしなみ』など、自分をコントロールする文化的な言葉があった。
『人は人、我は我』とか我慢や、慎み深さが大事とか
自分を管理し納得させる言葉が昔は、生きていた。
露骨な欲望には品がない、はしたない、と批判できた。
そこが揺らいでいるのが今の日本の社会なのではないか。


4.
次に、子どものいじめは大人社会の反映でもあり、
「いじめモデル」が世の中にいっぱいある。
ネットの世界などは相手を中傷・攻撃する言葉であふれ
それが何らかの形で子どもたちの心に影を落としている。
いじめモデルを子どもが学んでいる状況がある。
過激で差別的な言葉、一種の弱者たたきがたくさんある。


早稲田の大学生に、過去にいじめにあっても自殺しなかった理由を聞いて
印象に残ったのは、いじめ以外の生活があったことが大きいという回答だった。


家で母親がいつもご飯を作ってくれて、生活の中に占める「いじめ」の
比重が低くなったという。
自分を支えてくれる資源をみつけることがいじめに負けない第一歩だという。

※※※


以上のことから、いじめの根源や予防策など一人ひとり違っても
「家庭の拠りどころ」を整えることが一番の要素だと言えるだろうか。


日ごろからコミュニケーションを密に取り、親子のあいだでなんでも話せる関係。
大人でも子どもでもひとりで抱え込まないこと。
人は苦難に遭ったとき、そのことが一生続くと悲観してしまいがちである。
「諸行無常」である、必ず物事は変化する。


「自分を支えてくれる資源をみつけること」とは、
大人にも、子どもにとっても大切な大きな課題だ。
さりげなくサポートできる家族や友人の関係や環境が必要なのは言うまでもない。